モデルの概要
シンチレーションとは元々は星の明るさが“またたく”ことを指す。地球大気の温度や湿度が場所的に不均一であるために光の屈折率が場所的に異なり光の干渉が生じる。次に温度や湿度が時間的に変わることで光の干渉量が変わり光の明るさが変わる。光の波面に着目すると、この波面が歪むことにより光の明るさが変わるので光の収束や発散が原因であるとも表現される。
ここでの対流圏シンチレーションとは、光ではなく電波が対流圏を伝搬するときに同様の原因によって受信レベルが変化することをいう。対流圏シンチレーションには次のような特徴がある。
・地球局から衛星等の送信局を見たときの仰角が10°より小さいと受信レベルの低下が問題になる。10°以上あれば実用上で問題にならない。
・周波数が高くなるほど、距離が長くなるほど対流圏シンチレーションの影響は大きくなる。
・アンテナの開口面積が大きくなるほど(アンテナビーム幅が狭くなるほど)、開口での平均化により対流圏シンチレーションの影響は小さくなる。
・衛星局と地球局間の衛星通信において、仰角が数度以下で固定される静止衛星では無線回線設計で考慮が必要になる。上空を移動する局(航空機やHAPS、周回衛星など)では仰角が小さくなる割合が少ないため、対流圏シンチレーションの影響は小さい。
なお、対流圏散乱は対流圏シンチレーションと同様に大気の不均一によって希望波の受信レベルが変化する現象である。対流圏シンチレーションが送受信間に見通しがあるときの直接波の受信レベルを対象にしているのに対して、対流圏散乱は送受信間に見通しがないときの散乱波の受信レベルを対象にしている。衛星通信や固定通信の無線回線設計ではこれらの伝搬特性を考慮する。
数式
仰角5°以上での対流圏のシンチレーションの累積分布を推定するための一般的な方法は次のとおり。この方法は7 GHzと14 GHzの周波数で検討されており、少なくとも20 GHzまでの適用に推薦される。推定に用いるパラメータの説明は(4)パラメータのページを参照。
Step1 : 気温\(t\)から次式で飽和水蒸気圧\(e_s\)を計算する。
\(
e_s = 6.1121 \cdot \exp \left[ \frac{\left(18.678 – \frac{t}{234.5} \right) \cdot t}{t + 257.14} \right] \quad {\rm [hPa]} \\
\tag{1}
\)
Step2 : 電波の大気屈折指数の水蒸気項\(N_{wet}\)を次式で計算する。
\(
N_{\it wet} = 72 \frac{e}{t + 273} + 3.75 \times 10^5 \frac{e}{(e + 273)^2} \\
\tag{2}
\)
\(
e = \frac{H \cdot e_s}{100} \quad {\rm [hPa]} \\
\tag{3}
\)
Step3 : 信号振幅の標準偏差\(\sigma_{\it ref}\)(dB)を次式で計算する。
\(
\sigma_{\it ref} = 3.6 \times 10^{-3} + 10^{-4} \times N_{\it wet} \quad {\rm [dB]} \\
\tag{4}
\)
Step4 : 実効伝搬路長\(L\)(m)を次式で計算する。
\(
L = \frac{2 h_L}{\sqrt{\sin^2 \theta + 2.35 \times 10^{-4} + \sin \theta}} \quad {\rm [m]} \\
\tag{5}
\)
ここで、\(h_L\)は大気乱流層の高さで、1000 mが用いられる。
Step5 : 実アンテナの幾何学的な開口径\(D\)(m)からアンテナ効率を考慮してアンテナの実効開口直径\(D_{\it eff}\)を次式で計算する。
\(
D_{\it eff} = \sqrt{\eta} D \quad {\rm [m]} \\
\tag{6}
\)
Step6 : アンテナ平均化係数を次式で計算する。
\(
g(x) = \sqrt{3.86 (x^2 + 1)^{11/12} \cdot \sin \left[ \frac{11}{6} \tan^{-1} \frac{1}{x} \right] – 7.08 x^{5/6}} \\
\tag{7}
\)
\(
x = 1.22 {D_{\it eff}}^2 (f / L) \\
\tag{8}
\)
Step7 : 対象とする期間、伝搬路長に対する信号振幅の標準偏差を次式で計算する。
\(
\sigma = \sigma_{\it ref} f^{7/12} \frac{g(x)}{(\sin \theta)^{1.2}} \\
\tag{9}
\)
Step8 : 累積時間率\(p\)(0.01% ≦ \(p\) ≦50%)に依存する係数\(a(p)\)を次式で計算する。
\(
a(p) = -0.061(\log_{10} p)^3 + 0.072(\log_{10} p)^2 – 1.71 \log_{10} p + 3.0 \\
\tag{10}
\)
Step9 : 累積時間率\(p\)に対応したシンチレーションによる減衰(dB)を次式で計算する。
\(
A(p) = a(p) \cdot \sigma \\
\tag{11}
\)
\(p\)=50%で\(a(p)\)=0であるため、\(A(p)\)は50%値での減衰を0 dBとした相対値を表している。
パラメータ
記号 | パラメータ説明[単位] | 適用範囲 |
\(t\) | 地球局における1カ月あるいはそれ以上 の期間における気温の平均値(℃) | ー40~50℃ |
\(H\) | 地球局における1カ月あるいはそれ以上 の期間における相対湿度の平均値(%) | 0~100% |
\(f\) | 周波数(GHz) | 4 GHz≦ \(f\) ≦20 GHz |
\(θ\) | 地球局から衛星局を見たときの仰角(°) | \(θ\) ≧5° |
\(D\) | 地球局アンテナの開口径(m) | 記載なし |
\(η\) | アンテナ効率 (不明のときは代表値として\(η\)=0.5などを用いる) | \(η\) ≦1.0 |
シンチレーションの損失に対する各パラメータの影響は次のとおり。
気温が高いほど、相対湿度が高いほど、周波数が高いほど、仰角が小さいほど、アンテナ開口径が大きいほど、シンチレーションの損失は増加する。
計算例
計算の確認のために、特定のパラメータ値を用いたときの計算結果を示す。
<パラメータ値>
\(t\)=20℃、\(H\)=50%、\(f\)=10 GHz、\(θ\)=5°、\(D\)=10 m、\(η\)=0.5
<計算結果>
\(e_s\)=23.4、\(e\)=11.7、\(N_{wet}\)=53.9、\(σ_{\it ref}\)=0.009、\(L\)=1.14×104、\(D_{\it eff}\)=7.07
\(x\)=0.054、\(g(\)0.054\()\)=0.86、\(σ\)=0.56
\(p\)=0.01, 0.1, 1, 10, 50のとき、\(a(p)\)=7.2, 4.8, 3.0, 1.3, 0.0、\(A(\)0.01\()\)=4.0
対流圏シンチレーションの損失の計算例を示す。 シンチレーションによって生じるフェージングの累積50%値を0dBとしている。
プログラム例
式(1)~(10)をエクセルで計算する場合の数式は次のとおりで、「=」以降の数式をエクセルのセルに入力して、変数を数値や該当のセルに直すと計算結果が得られる。
また、次の数式をコピー&ペーストしてプログラミング言語に書き換えることも可能である。
(1)es=6.1121*EXP(((18.678-t/234.5)*t)/(t+257.14))
(2)Nwet=72*e/(t+273)+3.75*10^5*e/(t+273)^2
(3)e=H*es/100
(4) σref=3.6*10^-3+10^-4*Nwet
(5) a=SQRT(SIN(θ)^2+2.35*10^-4)
L=2000/(a+SIN(θ))
(6) Deff=SQRT(η)*D
(7) x=1.22*Deff^2*(f/L)
g=SQRT(3.86*(x^2+1)^(11/12)*SIN(11/6*ATAN(1/x))-7.08*x^(5/6))
(8) σ= σref*f^(7/12)*g/SIN(θ)^1.2
(9) a=log(p)
a(p)=-0.061*a^3+0.072*a^2-1.71*a+3.0
(10) A(p)=a(p)* σ