モデルの概要
このモデルはCOST(欧州科学技術研究協力機構)で作成されたCOST 231 Walfisch-Ikegami Model [1,2]のことであり、セルラー環境での伝搬損を推定するためのモデルである。このモデルは多重スクリーン回折モデル[3]と池上モデル[4]を組み合わせている。街の建物上空の伝搬に多重スクリーン回折モデルを用いて、移動局に隣接する建物屋上から道路上にある移動局への伝搬に池上モデルを用いている。
図1にこのモデルが対象とする環境とパラメータ及び道路角を示す。建物群を複数の平板に見立てた多重スクリーン回折モデルの環境を想定している。各パラメータの説明や適用範囲、単位を(4)パラメータの表に示す。


数式
Walfisch-池上モデルの伝搬損の推定式は次のとおりである。
(1) 送受信間に見通しがある場合の伝搬損\(L_b\) [dB]は次式で表される。
\(
L_b = 42.6 + 26 \log d + 20 \log f \quad (d≧20{\rm m})
\tag{1}
\)
ここで、定数は\(d\)=20mの伝搬損が自由空間損と同じになるように決められている。
(2) 見通しがない場合の伝搬損\(L_b\)は次式で表される。
\(
L_b = \left\{
\begin{array}{ll}
L_0 + L_{rts} + L_{msd} & (L_{rts} + L_{msd} > 0) \\
L_0 & (L_{rts} + L_{msd} ≦ 0)
\end{array}
\right.
\tag{2}
\)
ここで、\(L_0\)は自由空間損で、\(L_{rts}\)はビル屋上から通りへの回折と散乱の損失で、\(L_{msd}\)は多重スクリーン回折損失である。また、\(L_{rts}+L_{msd}\)の和が0以下であれば\(L_b=L_0\)とする。
(a) 自由空間損\(L_0\)は次式で表される。
\(
L_0 = 32.4 + 20 \log d + 20 \log f
\tag{3}
\)
(b) ビル屋上から通りへの回折と散乱の損失\(L_{rts}\)は次式で表される。
\(
L_{rts} = − 16.9 − 10 \log w + 10 \log f + 20 \log \Delta h_{Mobile} + L_{ori}
\tag{4}
\)
ここで、道路角特性\(L_{ori}\)や\(\Delta h_{Mobile}\)、\(\Delta h_{Base}\)は次式のとおり。
\(
L_{ori} = \left\{
\begin{array}{ll}
− 10 + 0.354 \varphi & (0≦\varphi<35°) \\
2.5 + 0.075 (\varphi − 35) & (35°≦\varphi<55°) \\
4.0 − 0.114 (\varphi − 55) & (55°≦\varphi≦90°)
\end{array}
\right.
\tag{5}
\)
\(
\Delta h_{Mobile} = h_{Roof} – h_{Mobile}
\tag{6}
\)
\(
\Delta h_{Base} = h_{Base} – h_{Roof}
\tag{7}
\)
(c) 多重スクリーン回折損\(L_{msd}\)は次式で表される。
\(
L_{msd} = L_{bah} + k_a + k_d \log d + k_f \log f − 9 \log b
\tag{8}
\)
ここで、基地局高特性\(L_{bah}\)と\(k_a\)は次のとおり。
\(
L_{bah} = \left\{
\begin{array}{ll}
− 18 \log (1+\Delta h_{Base}) & (h_{Base}>h_{Roof}) \\
0 & (h_{Base}≦h_{Roof})
\end{array}
\right.
\tag{9}
\)
\(
k_a = \left\{
\begin{array}{ll}
54 & (h_{Base}>h_{Roof}) \\
54 − 0.8 \Delta h_{Base} & (d≧0.5{\rm km かつ} h_{Base}≦h_{Roof}) \\
54 − 0.8 \Delta h_{Base} \frac{d}{0.5} & (d<0.5{\rm km かつ} h_{Base}≦h_{Roof})
\end{array}
\right.
\tag{10}
\)
距離特性\(k_d\)は次のとおり。
\(
k_d = \left\{
\begin{array}{ll}
18 & (h_{Base}>h_{Roof}) \\
18 − 15 \frac{\Delta h_{Base}}{h_{Roof}} & (h_{Base}≦h_{Roof})
\end{array}
\right.
\tag{11}
\)
周波数特性\(k_f\)は次のとおり。
\(
k_f = \left\{
\begin{array}{ll}
− 4 + 0.7(\frac{f}{925} − 1) & (中小都市、郊外地)^{※1} \\
− 4 + 1.5(\frac{f}{925} − 1) & (大都市)^{※2}
\end{array}
\right.
\tag{12}
\)
※1:中都市と適度な樹木密度のある郊外の中心部
※2:大都市の中心部
< Walfisch-池上モデルの伝搬損特性>
・COST 231の報告書には、”\(h_{Base}≫h_{Roof}\)の場合に比べて\(h_{Base}≒h_{Roof}\)の推定誤差は大きく、さらに\(h_{Base}≪h_{Roof}\)の誤差は大きいので、マイクロセルでの誤差は非常に大きいかもしれない”、と記載されている。
・伝搬損の周波数特性を\(\alpha \log f\)と表現したときの\(\alpha\)を周波数係数とする。このモデルの周波数係数は、800~2000MHzに対して26~28である。また、この値は奥村-秦式の26に近い値である。
・同様に距離係数は、基地局高が平均ビル高より高いときは38である。基地局高が平均ビル高より低いときは、例えば\(h_{Base}=h_{Roof}/2\)で\(d\)>0.5kmのときは45.5である。
・基地局高特性は、基地局高が平均ビル高より高いときは、\(−18 \log (1+\Delta h_{Base})\)である。例えば\(\Delta h_{Base}\)が0mから10mになると損失は−19dB変化する。(実環境ではこのような急激な変化は起きにくい。)
・図3にWalfisch-池上モデルの伝搬損を示す。平均ビル高が30mのときに、基地局高を10, 30, 50mと変えた。パラメータ値を図3中に示す。
・基地局高10mの伝搬損の傾きが0.5kmで変わるのは、\(k_a\)の影響である。
・図4にWalfisch-池上モデルと奥村-秦式の比較を示す。Walfisch-池上モデルの伝搬損は図3と同じである。奥村-秦式では同じ周波数と移動局高を用いている。
・基地局高50mでは両者は近い値であるが、30mでは20dBも異なる。Walfisch-池上モデルの基地局高30mと50mの差が大きいのは、基地局高と平均ビル高との差\(\Delta h_{Base}\)を基地局高特性のパラメータに用いているためである。
・図5に道路角特性を示す。道路角0º は縦コース、90º は横コースである。奥村モデルの縦コースと横コースの差は距離5kmで12dBである。
・道路角が90º のときに損失が最大になるように思われるが、このモデルでは55ºで最大になる。横コースの道路は縦コースの道路と交差する。交差点内は縦コースを伝搬する強い電波を受信することになる。これにより横コースの平均の損失は小さくなると考えられる。
・Walfisch-池上モデルを基にして変更を加えたモデルが幾つか提案されている。例えば、ITU-R P1411[5]があり、文献[6]で紹介されている。
・参考までに、文献[7]で池上モデル[4]の式に反射係数の記述ミスがあることが示されている。
パラメータ
各パラメータの意味と適用範囲は次のとおり。
記号 | パラメータ説明[単位] | 適用範囲 |
\(f\) | 周波数 [MHz] | 800~2000 MHz |
\(h_{Base}\) | 基地局アンテナ高 [m] | 4~50 m |
\(h_{Mobile}\) | 移動局アンテナ高 [m] | 1~3 m |
\(d\) | 送受信間距離 [km] | 0.02~5 km |
ビルと道路の構造が明らかでないときは次の値が推奨される。
記号 | パラメータ説明[単位] | 推奨値 |
\(b\) | ビル間隔 [m] | 20~50 m |
\(w\) | 道路幅 [m] | \(b\)/2 |
\(h_{Roof}\) | 平均ビル高 [m] | 3 m×階数+\(roof\) |
\(roof\) | 屋根の形状 | 3 m(傾斜の屋根) 0 m(平らな屋根) |
\(\varphi\) | 道路角 [°] | 90° |
※傾斜の屋根は民家を想定していると思われる。
計算例



プログラム例
式(1)~(12)をエクセルで計算する場合の数式は次のとおりで、「=」以降の数式をエクセルのセルに入力して、変数を数値に直すと計算結果が得られる。
(1) Lb=42.6+26*log(d)+20*log(f) (d≧20m)
(2) Lb=L0+Lrts+Lmsd (Lrts+Lmsd>0)
=L0 (Lrts+Lmsd≦0)
(3) L0=32.4+20*log(d)+20*log(f)
(4) Lrts=-16.9-10*log(w)+10*log(f)+20*log(Δhm)+Lori
(5) Lori=-10+0.354*φ (0≦φ< 35°)
=2.5+0.075*(φ-35) (35°≦φ< 55°)
=4.0-0.114*(φ-55) (55° ≦ φ ≦ 90°)
(6) Δhm=hr-hm
(7) Δhb=hb-hr
(8) Lmsd=Lbah+ka+kd*log(d)+kf*log(f)-9*log(b)
(9) Lbah=-18*log(1+Δhb) (hb>hr)
=0 (hb≦hr)
(10) ka=54 (hb>hr)
=54-0.8*Δhb (d≧0.5kmかつhb≦hr)
=54-0.8*Δhb*d/0.5 (d<0.5kmかつhb≦hr)
(11) kd=18 (hb>hr)
=18-15*Δhb/hr (hb≦hr)
(12) kf=-4+0.7*(f/925 − 1) (中小都市、郊外地)
=-4+1.5*(f/925 −1) (大都市)
参照
[1] COST 231-Walfisch-Ikegami-Model, 4.4 Propagation Models for Macro-Cells, Digital mobile radio towards future generation systems, COST 231 Final Report, pp. 135-140,http://www.lx.it.pt/cost231/final_report.htm
[2] “Urban transmission loss models for mobile radio in the 900 and 1,800-MHz bands, ”EURO-COST (90) 119 Rev2. Sep. 1991. [3] J. Walfisch and H. L. Bertoni, “A theoretical model of UHF propagation in urban environment, ”IEEE Trans. Antennas Propagat., AP-36, no.12, pp.1788-1796, Dec. 1988. [4] F. Ikegami, S. Yoshida, T. Takeuchi, and M. Umehira, “Propagation factors controlling mean field strength on urban streets, ”IEEE Trans. Antennas Propagat., AP-32, no.8, pp.822-829, Aug. 1984. [5] Rec. ITU-R P.1411-11, “Propagation data and prediction methods for the planning of short-range outdoor radiocommunication systems and radio local area networks in the frequency range 300 MHz to 100 GHz”, ITU-R, 2021. [6] 岩井誠人、移動通信における電波伝搬 -無線通信シミュレーションのための基礎知識-、東京、コロナ社、2012. [7] D. Har, A. M. Watson, and A. G. Chadney, “Comment on diffraction loss of rooftop-to-street in COST 231-Walfisch-Ikegami Model, ”IEEE Trans. on Vehicular Technology, vol.48, no.5, pp.1451-1452, Sep. 1999.