モデルの概要

 電波は雨滴に当たると吸収・散乱が起こる。雨滴は損失をもつ誘電体であり、雨滴半径は霧の様に非常に小さなものから最大3.5 mm程度まで分布しているので、波長が短いマイクロ波帯・ミリ波帯では降雨による減衰が問題となる。降雨減衰を補償するために送信電力を大きくする傾向があるが、そうすると降雨散乱による干渉が問題となる。すなわち、降雨減衰は単一の無線通信システムの回線設計において希望波の受信レベルが低下する要因として考慮される伝搬損失であるのに対して、降雨散乱は異なる2つ以上の無線通信システムで同一周波数を共用する際に他のシステムからの干渉波(散乱波)の受信レベルを評価するために考慮される伝搬損失である。降雨散乱特性の評価は同一周波数の2つの異なるシステムのメインビームが共通の降雨セル内で交差する場合に重要であり、降雨強度や降雨セル(一様に雨が降る範囲)の大きさなどに影響する。宇宙通信用に割り当てられた周波数は、通常、地上業務と共用になっているため、地球局または地上局間における干渉が問題となる。降雨散乱による干渉は以下のような伝搬路で起こり得る。

(モードB1)宇宙局または上空局 → 別システムの地球局
(モードB2)地上局 → 別システムの宇宙局または上空局
(モードC1)宇宙局または上空局 → 地上局
(モードC2)地上局 → 宇宙局または上空局

 電波伝搬ハンドブックおよびITU-R勧告P.619-5では、5 GHz以上の周波数で影響があるとされている。ITU-R勧告P.452-17では、0.1 GHz以上の周波数で計算可能なモデルが記載されている。P.619-5の付録Fには、降雨散乱が存在しない場合を評価できるシンプルな数式が記載されている。ここではITU-R勧告P.452-17の5章のバイスタティックレーダー方程式による計算方法を参照している。

ここで紹介する計算方法では、同一周波数の2つの異なるシステムの局において干渉が最大となる場合すなわち最悪値を評価する。最悪値のケースを想定するために、まず一方の局(局1)のメインビーム上に降雨セル中心があると仮定し、もう一方の局(局2)からの干渉波の受信レベルが最大となる位置に降雨セルを固定する。このとき、降雨強度などの気象パラメータおよび両局の位置情報やアンテナ利得などを用いることで降雨散乱による干渉波の伝搬損失を計算できる。両局を入れ替えて同様の計算を行い、伝搬損失が小さい方を最悪値とする。このように同一周波数の2つの異なるシステムの局における干渉を評価できる。

 降雨セルは円筒状とみなすことができ、降雨セル内では高度や降雨セル中心からの距離に依らず降雨強度は一定と仮定して伝搬損失が計算される。任意のアンテナパターンを使用できるため、両局のメインビームが降雨セル内で交差しない場合であっても、円筒状の降雨セルを積分区間として積分するのでサイドローブ等における干渉も評価できる(図a、b参照)。また、いずれかの局または両局が降雨セル内に存在する場合も計算可能である。このとき、降雨セル内に存在する局から降雨セル中心へのビームの仰角は大きいことが予想される(図c、d参照)。

円筒状の降雨セル内において局1,2からの電波が交差し干渉が発生し得るとき、(i)\(h_R\)以下でビームが交差する場合、(ii)\(h_R\)以上でビームが交差するかつ伝搬路が\(h_R\)以下の降雨セル内を通過する場合、(iii)\(h_R\)以上でビームが交差するかつ伝搬路が\(h_R\)以下の降雨セル内を通過しない場合に分けられるが、積分計算では(i)と(ii, iii)の2つの場合で計算式が異なる(図e参照)。このとき、いずれかの局から降雨セルまでが地形などにより遮蔽される場合には積分区間の高さ下限\(h_{min}\)は見通し線の交点の下限となり、高さ上限\(h_{top}\)は15 kmで十分とされている。降雨セル外では局から降雨セル端までの距離に応じて雨の広がりを考慮した追加損失が計算される。

数式

降雨散乱が発生する場合の2局間の伝搬損失 [dB] は以下の式で表される。

\(
L = 178 – \log N – 20 \log f – 10 \log Z_R – 10 \log (C_b + C_a) – 10 \log S + A_g – M \\
\tag{1}
\)

ここで、

 \(N\) : 屈折率依存のレイリー散乱項 \(N = \left| \frac{m^2 – 1}{m^2 + 2} \right|^2 \)

 \(m\) : 周波数や大気条件に依存する複素屈折率 ※ITU-R勧告P.2040参照

 \(f\) : 周波数 [GHz]

 \(Z_R\) : 地上でのレーダー反射率 \(Z_R = 400 R^{1.4}\)

 \(R\) : 降雨強度 [mm/h]

 \(10 \log S\) : 10 GHz以上の周波数でレイリー散乱からのずれ考慮した補正項 [dB]

 \(A_g\) : 送信機から受信機までの経路における大気ガスによる減衰 [dB]

 \(M\) : 送受信システム間の偏波不整合による損失 [dB]

 \(C_{a,b}\) : 散乱伝達関数

\(10 \log S\) [dB] は10 GHz以上の周波数でレイリー散乱からのずれを考慮した補正項であり以下の式で表される。10 GHz以下の周波数ではレイリー散乱に従うため以下の式の通り\(10 \log S = 0\)となる。

\(
10 \log S = \left\{
\begin{array}{ll}
\begin{array}{r}
R^{0.4} \cdot 10^{-3} \left[ 4(f – 10)^{1.6} \left( \frac{1 + \cos \varphi_s}{2} \right) + \right. \\
\left. 5(f – 10)^{1.7} \left( \frac{1 + \cos \varphi_s}{2} \right) \right]
\end{array}
& {\rm for} \ f > 10 \ {\rm GHz} \\
0 & {\rm for} \ f \leq 10 \ {\rm GHz}
\end{array}
\right. \\
\tag{2}
\)

ここで、

 \(\varphi_S\) : 2局および降雨セルの位置によって計算される散乱角 [rad]

2局に指向性アンテナを用いた際に \(\varphi_S\) > 0.001 [rad]である場合は両ビームが平行とみなせるため降雨散乱の影響は無視できる。

\(C_{a,b}\)は散乱伝達関数であり以下の式で表される。詳細な計算方法はITU-R勧告P.452-17の5章を参照して頂きたい。本ページ下部に\(C_{a,b}\)および\(\varphi_S\)を計算するMATLABコードを提供する。

\(
\begin{multline}
C_a = {\displaystyle \int_{h_{R}}^{h_{\it top}} \int_0^{2 \pi} \int_0^{d_c/2}} \frac{G_1 G_2}{r_{{\it A}{\rm 1}}^2 r_{{\it A}{\rm 2}}^2} \exp \left[ -k( 6.5(h – h_R) + \gamma_{{\it R}{\rm 1}} f_{{\it x}{\rm 1}} + \gamma_{{\it R}{\rm 2}} f_{{\it x}{\rm 2}} + \right. \\
\left. A_{{\it ext}{\rm 1}} + A_{{\it ext}{\rm 2}}) \right] \cdot r \ dr d\varphi dh
\end{multline}
\tag{3}
\)

\(
\begin{multline}
C_b = {\displaystyle \int_{h_{\rm min}}^{h_{R}} \int_0^{2 \pi} \int_0^{d_c/2}} \frac{G_1 G_2}{r_{{\it A}{\rm 1}}^2 r_{{\it A}{\rm 2}}^2} \exp \left[ -k( \gamma_{{\it R}{\rm 1}} x_1 + \gamma_{{\it R}{\rm 2}} x_2 + \right. \\
\left. A_{{\it ext}{\rm 1}} + A_{{\it ext}{\rm 2}}) \right] \cdot r \ dr d\varphi dh
\end{multline}
\tag{4}
\)

ここで、

 \(r_{A1,2}\) : 局1,2から降雨セル内の積分要素までの距離 [km]

 \(k\) : 損失の単位をデシベル(dB)からネーパー(Np)へ変換するための定数(=0.23026)

 \(\gamma_{R1,2}\) : 局1,2における降雨減衰係数 [dB/km] ※ITU-R勧告P.838参照

 \(A_{ext1,2}\) : 降雨セルの外側の減衰量 [dB]

<数式のメモ>

・式中の \(\log\) は常用対数である。

・dB(decibel:デシベル)は常用対数、Np(neper:ネーパー、ネイピア、ネーピア)は自然対数に基づく対数スケールの無次元単位である。ここで、1 Np ≈ 8.686 dBである。

・一般的に、アンテナパターンは度数(degree)単位ごとに算出されるのに対して、三角関数はラジアン(radian)単位で計算されることが多いので、ラジアンから度数へ(または度数からラジアンへ)の変換が必要であることに注意する。

・ITU-R勧告P.452-17では、数値計算ソフトウェアに積分関数が内在していない場合のために近似的な数値積分の計算方法を紹介している。

・ITU-R勧告P.452-17の(126)式では\(\delta \alpha’_2\)というパラメータが用いられているが\(\delta \alpha_2\)が正しそうである。

<参考図面>

<参考>

降雨に関する用語
・「大気水象」「ハイドロメテオール(hydrometeor)」:雨、雪、霜などの大気中の液体または固体に限らず、地上から舞い上げられた、または物体に付着した水が引き起こす現象
・「降水(precipitation)」:雨や雪などの微小な水滴または氷片が雲から落下する現象
・「降雨(rain)」:落下物が水滴の場合

降雨散乱と波長との関係
波長が雨滴半径に比べて非常に長い場合はRayleigh散乱、非常に短い場合は光学近似の式、波長が雨滴サイズと同程度となるマイクロ波帯・ミリ波帯ではMie散乱に従う。

パラメータ

記号パラメータ説明 [単位]
\(d\)2局間の大円距離 [km]
\(f\)周波数 [GHz]
\(G_{\it max\rm -1,2}\)局1,2の最大アンテナ利得(計算上は角度に応じたアンテナ利得\(G_{1,2}\)を使用する)
\(h_{1,2\it \_loc}\)局1,2の海抜 [km]
\(h_R(p_h)\)時間率\(p_h\)を超えない降雨高 [km] ※1
\(M\)局間の偏波不整合による損失 [dB]
\(p\)地表の気圧 [hPa](通常 1013.25 hPa) ※2
\(R(p_R)\)時間率\(p_R\)を超えない降雨強度 [mm/h] ※1
\(T\)地表の気温 [℃] (通常 15 ℃)※2
\(\alpha_{1,2\it \_loc}\)局1のメインビーム方向から局2への方位角 [rad]
局2のメインビーム方向から局1への方位角 [rad]
(時計回りが正)
\(\varepsilon_{1,2\it \_loc}\)局1,2の仰角 [rad]
\(\rho\)地表の水蒸気密度 [g/m3](通常 8 g/m3)※2
\(\tau\)リンクの偏波角 [°](0° : 水平偏波 , 90° : 垂直偏波 , 45° : 円偏波)※3
\(r_{\it eff}\)有効地球半径 [km](通常 8473.43 km)※3

※1 降雨高\(h_R(p_h)\)はITU-R勧告P.839、降雨強度\(R(p_R)\)はITU-R勧告P.837を参照。ここで、時間率\(p_h\)および\(p_R\)は互いに独立と仮定している。
※2 降雨強度\(R(p_R)\)や大気ガス吸収による減衰\(A_g\)を計算する場合に使用する。
※3 ITU-R勧告P.452の計算に使用する。(以下のプログラムでも用いられている。)

プログラム

以下に散乱伝達関数\(C_{a,b}\)および散乱角\(\varphi_S\)を計算するMATLABコードを提供する。以下のコードでは両局を等方性アンテナとし、入力パラメータの降雨高\(h_R\)および降雨強度\(R\)については定数で設定している。また、計算の都合上、積分区間の下限の高さ\(h_{min}\)を局から降雨セル中心までの距離で近似しており、局と降雨セルとの間には障害物はないものと仮定している。

RainScatter(テキストファイル)

参照

[1] 細矢良雄企画・監修, “電波伝搬ハンドブック”, リアライズ社, 1999.

[2] Rec. ITU-R P.452-17, “Prediction procedure for the evaluation of interference between stations on the surface of the Earth at frequencies above about 0.1 GHz,” Sep. 2021.

[3] Rec. ITU-R P.619-5, ”Propagation data required for the evaluation of interference between stations in space and those on the surface of the Earth,” Sep. 2021.

[4] 阿波加 純, “降雨散乱による干渉の予測(BSについて)”, 情報通信研究機構ジャーナル Vol.24, No.127, pp.159-172, 1978.

[5] Rec. ITU-R P.837-7, ”Characteristics of precipitation for propagation modelling,” June 2017.

[6] Rec. ITU-R P.838-3, ”Specific attenuation model for rain for use in prediction methods,” Mar. 2005.

[7] Rec. ITU-R P.839-4, ”Rain height model for prediction methods,” Sep. 2013.

[8] Rec. ITU-R P.2040-2, ”Effects of building materials and structures on radiowave propagation above about 100 MHz,” Sep. 2021.