モデルの概要
市街地環境での伝搬損失の距離特性は、\(L\)∝\(d^n\)のベキ乗で表されて、係数\(n\)は\(n\)=3~4程度であることが以前から知られている。この\(d^n\)のうち\(d^2\)は自由空間損失であるので、超過損失が\(d^{n-2}\)で表されることになる。測定結果に基づいて作られた奥村-秦式[1]もこのベキ乗で表されている。理論解析に基づくWalfisch[2]やXia[3]のモデルでは建物を平板に見立ててこれを何度も回折する多重スクリーン回折により\(n\)=3.8の距離特性が得られることを示している。池上モデル[4]は、建物上部を回折して直接届く波と向かいの建物に反射した波を用いるが、建物上部までを自由空間損失と仮定したので\(n\)=2となっている。本モデル[5]は、建物上部から建物間に侵入する電波のエネルギー量はその開口部を基地局アンテナ位置から見込む角度\(α\)に比例するものと考える。なお、ここでは基地局高が平均ビル高より高い場合を対象にしている。図1に従来の2つのモデルと本モデルの伝搬のメカニズムを示す。

文献[5]には本モデルの伝搬損失の距離特性がグラフで示されており、距離の4乗に比例している。文献[5]には距離の4乗になる理由までは示されていないが、次のように考えられる。
基地局を基準とした伏角\(α_1\)と\(α_2\)は次のとおりである。
\(
{\displaystyle α_1=\tan^{-1}\frac{h_b-h_0}{d-w/2}≈\frac{h_b-h_0}{d-w/2} } \\\tag{1}
\)
\(
{\displaystyle α_2=\frac{h_b-h_0}{d+w/2} } \\\tag{2}
\)
ここで、\(h_b\)は基地局高、\(h_0\)は平均ビル高、\(d\)は送受信間距離、\(w\)は道路幅である。見込み角度\(α\)は次のとおりである。
\(
{\displaystyle α=α_1-α_2=\frac{w(h_b-h_0)}{d^2-(w/2)^2}∝\frac{1}{d^2} }\\\tag{3}
\)
受信電力\(P\)は自由空間損失の他に見込み角度\(α\)に比例すると考えるので、伝搬損失\(L\)の距離特性は次式で表される。
\(
{\displaystyle L∝\frac{1}{P}∝\frac{d^2}{α}∝d^4 } \\\tag{4}
\)
なお、伏角\(α_1\)や\(α_2\)は\(d^2\)ではなく\(d\) に比例するので、4乗の距離特性を得るにはこれらの差を用いることがポイントであると思われる。

本モデルは伝搬損失の距離特性が、\(L∝d^n\)のベキ乗で表されることを容易に説明できる。また、文献[5]にはこのモデルを用いて道路角度特性も表せることを示している。
以下は、本モデルに対するコメントである。
市街地環境ではWalfischの多重スクリーン回折による減衰も起きているとするなら2つのモデルを足し合わせると損失が大きくなる。そこで次のように考えてみる。実際の市街地では建物高にばらつきがあるので基地局から遠方では見込み角度による影響が小さくなる。また、近傍では基地局高が高い場合は多重スクリーン回折損失の影響が小さい。近傍では本モデル、遠方ではWalfischモデルの影響が大きいと考えると2つのモデルを合わせても矛盾しない。基地局が衛星やドローン等の飛翔体であるときは、基地局高が高くなるので見込み角度も大きくなる。このような場合には本モデルが有効であると思われる。
なお、電波がビルの谷間に入射するときの開口部の有効な大きさは\(α \cdot d\)であり\(α\)ではない。受信電力がビルの谷間の有効な開口に比例すると考えてはいないことに注意が必要である。
計算例
次の条件で市街地環境での伝搬損失の距離特性を求める。
基地局高\(h_b\)=50m、平均ビル高\(h_0\)=30m、道路幅\(w\)=20m
