モデルの概要

 雨や雪が雲から落下する現象または落下する物自体を降水,特に落下物が水滴の場合を降雨という.雨滴の最大直径は6mm程度であり,それは波長が数cm程度以下の電波において吸収と散乱をもたらす.この現象により,雨域(降雨の領域)を通過するマイクロ波帯以上の電波には減衰が生じる.この減衰を降雨減衰という.

 降雨減衰量\(A\)[dB]は伝搬路に沿った各地点の降雨強度\(R(x)\)[mm/h]を用いて式(1)で与えられる[1].これは,雨域を通過する距離が長くなるほど減衰量が大きくなることを意味する.特に降雨強度が伝搬路の区間内で一定である場合,減衰量は距離に比例することから,その評価には式(2)で与えられる降雨減衰係数\(γ_R\)[dB/km]が指標として用いられる.なお,式(1),(2)において\(k\)と\(α\)は周波数や偏波面などによって決まる定数であり, ITU-Rモデル[2]では式(3,4) で与えられる.図1は式(2)~(4)を用いて計算した\(γ_R\)である.降雨減衰は周波数が高くなるほど増加し,その増加の割合は降雨量が多いほど大きい.また,水平偏波の減衰は垂直偏波の減衰より大きくなる.これは,落下時の雨滴形状が空気抵抗を受けて水平方向に扁平するためである.

 ところで,降雨強度は一般に空間的かつ時間的に分布する.衛星通信の回線設計では降雨強度の長期統計値から求めた降雨減衰量が利用される. ITU-Rモデル[3]では,式(5)~(15)より,累積確率(時間率)\(p\)%(ただし,0.001≤ \(p\) ≤5)の減衰量\(A_p\)[dB]を得ることができる.ただし,周波数の適用範囲は55GHz以下である. 

数式

〇降雨減衰量

\(
A = k {\displaystyle \int_{A}^{B}} R(x)^\alpha dx \quad {\rm [dB]} \
\tag{1}
\)

〇降雨減衰係数

\(
\gamma_R = k R^\alpha \quad {\rm [dB/km]} \
\tag{2}
\)

〇降雨減衰のパラメータ\(k\)と\(α\)

\(
\log_{10} k = {\displaystyle \sum_{j=1}^{4}} \left( a_j \exp \left[ – \left( \frac{\log_{10}f – b_j}{c_j} \right)^2 \right] \right) + m_k \log_{10}f + c_k \
\tag{3}
\)

\(
\alpha = {\displaystyle \sum_{j=1}^{5}} \left( a_j \exp \left[ – \left( \frac{\log_{10}f – b_j}{c_j} \right)^2 \right] \right) + m_\alpha \log_{10}f + c_\alpha \
\tag{4}
\)

ただし,\(f\)は周波数[GHz]であり,各係数は垂直偏波(V)と水平偏波(H)に対して表1,2で与えられる.

表1 パラメータ\(k\)の係数値
水平偏波

垂直偏波

表2 パラメータ\(α\)の係数値
水平偏波 

垂直偏波

〇累積確率\(p\)%の減衰量\(A_p\)[dB]

\(
A_p = A_{0.01} \left( \frac{p}{0.01} \right)^{-(0.655 + 0.033 \ln p – 0.045 \ln A_{0.01} – \beta (1-p) \sin \theta)} \
\tag{5}
\)

ただし,

\(
β = \left\{
\begin{array}{ll}
0 & {\rm if} \ p \geq 1 \% \ {\rm or} \ |\varphi| \geq 36^{\circ} \\
-0.005 (|\varphi|) – 36 & {\rm if} \ p < 1 \% \ {\rm and} \ |\varphi| < 36^{\circ} \ {\rm and} \ \theta \geq 25^{\circ} \\
-0.005 (|\varphi|) – 36 + 1.8 – 4.25 \sin \theta & {\rm Otherwise}
\end{array}
\right. \\
\tag{6}
\)

また, \(A_{0.01}\)[dB]は,累積確率0.01%の降雨強度\(R_{0.01}\)[mm/h]を式(2)に代入して得られる

降雨減衰係数\(γ_{R,0.01}\)と後述の等価通路長\(L_E\)を用いて,次式で与えられる.

\(
A_{0.01} = \gamma_{R, 0.01} L_E \
\tag{7}
\)

〇累積確率0.01%の等価通路長\(L_E\) [km]

等価通路長は次のステップ1~ステップ8の過程を経て求める.

・ステップ1:雨域の高度\(h_R\) [km]

\(
h_R = h_0 + 0.36 \
\tag{8}
\)

ただし,\(h_0\)はITU-R P.839 [4]より得られる0℃ 海抜高度(東京付近で約4.16km)であり,

0.36kmは0℃ 海抜高度からの補正値.

・ステップ2:雨域の長さ\(L_s\) [km]

\(
L_s = \left\{
\begin{array}{cl}
\frac{h_R – h_s}{\sin \theta} & {\rm for} \ \theta \geq 5^{\circ} \\
\frac{2(h_R – h_s)}{\left( \sin^2 \theta + \frac{2(h_R – h_s)}{R_e} \right)^{1/2} + \sin \theta} & {\rm else}
\end{array}
\right. \\
\tag{9}
\)

なお, \(h_R\)-\(h_s\)≤0の場合は降雨減衰はゼロとなり,ステップはここで終了.

・ステップ3:雨域の長さの水平遮蔽距離\(L_G\) [km]

\(
L_G = L_s \cos \theta \
\tag{10}
\)

・ステップ4:累積時間率0.01%の降雨強度\(R_{0.01}\) [mm/h]

対象とする場所における平年の累積時間率0.01%に相当する降雨強度.長期統計でその地点のデータが得られない場合には,ITU-R P.839[4]に示されている降雨強度の世界地図を参照.

・ステップ5:水平面内における修正係数\(r_{0.01}\)

\(
r_{0.01} = \frac{1}{1 + 0.78 \sqrt{\frac{L_G \gamma_{R, 0.01}}{f}} – 0.38 (1 – e^{-2 L_G})} \
\tag{11}
\)

・ステップ6:垂直面内における調整係数\(ν_{0.01}\)

\(
\nu_{0.01} = \frac{1}{1 + \sqrt{\sin \theta} \left( 31(1 – e^{-(\theta / (1 + \chi))})\right) \sqrt{\frac{L_R \gamma_{R, 0.01}}{f^2}} – 0.45} \
\tag{12}
\)

ただし,

\(
L_R = \left\{
\begin{array}{cl}
\frac{L_G r_{0.01}}{\cos \theta} & {\rm for} \ \theta < \tan^{-1} \left( \frac{h_R – h_s}{L_G r_{0.01}} \right) \\
\frac{(h_R – h_s)}{\sin \theta} & {\rm else}
\end{array}
\right. \\
\tag{13}
\)

\(
\chi = \left\{
\begin{array}{ll}
36 – |\varphi| & {\rm for} \ |\varphi| < 36^{\circ} \\
0 & {\rm else}
\end{array}
\right. \\
\tag{14}
\)

・ステップ7:等価通路長\(L_E\)[km]

\(
L_E = L_R \nu_{0.01}
\tag{15}
\)

パラメータ

〇 降雨減衰係数のパラメータ

記号 パラメータ説明[単位]            
\(R\) 降雨強度[mm/h]
\(f\) 周波数[GHz] (ただし,1~1000GHz)

〇 降雨減衰量(長期統計値)のパラメータ

記号パラメータ説明[単位] 
\(h_s\)対象地球局の海抜高 [km]
\(θ\)衛星方向の仰角 [°]
\(φ\)地球局の緯度[°]
\(f\)周波数[GHz] (ただし,55GHz以下)
\(R_e\)等価地球半径 8500km

計算例

参照

[1] 岩井誠人,前川泰之,市坪信一,“電波伝搬,”第3章,朝倉書店,2018.

[2] ITU-R Recommendation P.838-3, Specific attenuation model for rain for use in prediction methods, 2005.

[3]  ITU-R Rec-ommendation P.618-13, Propagation data and prediction methods required for the design of earth-space telecommunication systems, 2017.

[4] ITU-R Rec-ommendation P.839-4, Rain height model for prediction methods, 2013.

[5] 前川泰之, “30年間の長期観測に基づく衛星通信伝搬路における降雨減衰特性の研究,” 信学論B, Vol. J103-B, No. 11, pp. 481-490, Nov. 2020.