モデルの概要

 奥村−秦式は、陸上移動通信の伝搬損を対象とした推定法である。1960年代初めに携帯電話システムの無線回線設計や基地局配置を検討するために伝搬損の推定法が必要であった。この推定法を確立する目的で、1962年と1965年に関東平野とその近郊の丘陵地や山岳地において450~2000MHzの4周波数を用いた伝搬実験が電電公社で行われた。このときに得られた結果は市街地や郊外地、開放地に分けられて電界強度の送受信間距離や周波数、基地局高、移動局高の特性としてまとめられた。また、丘陵地、山岳地、傾斜地形、その他の特殊地形での補正方法が示された。さらに、周波数150~2000MHz、基地局アンテナ高30~1000m、距離1~100kmの範囲の推定法とその図表がまとめられた。これらの結果が奥村カーブまたは奥村モデルと呼ばれている[1]。

   図表で表された奥村カーブの利便性を高めるために、1980年に作成された推定式が奥村−秦式[2,3]である。推定対象の地域は、都市部、郊外地、開放地であり、推定のパラメータに送受信間距離、周波数、基地局高、移動局高を用いる。

   奥村−秦式の適用範囲を拡張する派生的なモデルが幾つか提案されている。COST-Hata-Model[4]やITU-R勧告P.1546の付録に記載されている推定式[5,6]もその一つである。

数式

伝搬損を推定する奥村−秦式は次のとおり。

<都市部>

\(
L_p = 69.55 + 26.16 \log f −13.82 \log h_b − a(h_m) + (44.9 − 6.55 \log h_b )・\log d \, {\rm [dB]}
\tag{1}
\)

ここで、\( a(h_m) \) は移動局高特性で次式のとおり。 

<中小都市>

\(
a(h_m) = (1.1 \log f − 0.7)・h_m − (1.56 \log f − 0.8)
\tag{2}
\)

<大都市>

\(
a(h_m) = 8.29 [ \log (1.54 h_m) ]^2 − 1.1  \quad  (f ≦ 200 {\rm MHz})
\tag{3}
\)
\(
a(h_m) = 3.2 [ \log (11.75 h_m) ]^2 − 4.97 \quad (f ≧ 400 {\rm MHz})
\tag{4}
\)

<郊外地>

\(
L_{ps} = L_p − 2 [ \log (f / 28) ]^2 − 5.4 \quad {\rm [dB]}
\tag{5}
\)

<開放地>

\(
L_{po} = L_p − 4.78 [ \log f ]^2 + 18.33 \log f − 40.94 \quad {\rm [dB]}
\tag{6}
\)

<推定式のメモ>

・式中の\(\log\)は常用対数(底が10)である。

・パラメータに代入する数値は単位に合わせる。例えば、送受信間距離が1kmであれば\(d\)=1として計算する。

・式(2)~(3)の\(a(h_m)\)は移動局高が1.5mのときに全て\(a(1.5{\rm m})≒0\)となる。携帯電話システムでユーザが路上にいるときは、移動局高を人の耳の高さに近い1.5mにする場合が多いが、このときの伝搬損失は大都市と中小都市で同じになる。

式(3)の周波数範囲(\(f≦200{\rm MHz})\)は文献[2]のとおりで、文献[2]の本文中に何度も出てくるので文献[2]の記載ミスではない。

・文献[2]の周波数の適用範囲は150~1500MHzである。適用範囲が150~2200MHzとなっている資料もあるため、ITU-Rなどで一時期変更されていた可能性がある。

・この推定式は、基地局アンテナが鉄塔や高いビル屋上にあり送受信間距離が数kmのマクロセル環境を対象にしている。

・開放地で\(d\)=1km、\(h_b\)=100m、\(h_m\)=1.5mのときの伝搬損はほぼ自由空間損と同じになる。

<対象地域の特徴>

  奥村−秦式の対象地域は準平滑地形である。準平滑地形と対象地域の特徴は文献[3]で次のように説明されている。

・準平滑地形とは伝搬路の地形プロファイルから判断して、地形の起伏高が約20m以下で、起伏のうねりが緩やかであるような平坦な地形をいう。日本では関東平野が代表的な例である。

・開放地:電波到来方向に高い樹木、建物などの障害物がなく、開けている場所、目安として、前方300~400m以内が開けているような畑地、田地、野原など。

・郊外地:移動局近傍に妨害物はあるが、密集していない地域、例えば、樹木、家屋の散在する田園地帯、郊外の街道筋など。

・市街地:ビルディングや2階以上の建造物の密集地域、例えば、都市内、大きな町内、建物と繁茂した高い樹木の混合密集した地域など。大都市や中小都市はこの中に含まれる。

パラメータ

記号パラメータ説明[単位]適用範囲
\(f\)周波数 [MHz]150~1500 MHz
\(h_b\)基地局アンテナ高[m]30~200 m
\(d\)送受信間距離[km]1~20 km
\(h_m\)移動局アンテナ高[m]1~10 m

計算例

周波数が900MHzと1500MHzで基地局高が30mと100mの場合及び地域別の奥村−秦式の伝搬損の計算例を示す。

プログラム例

式(1)~(6)をエクセルで計算する場合の数式は次のとおりで、「=」以降の数式をエクセルのセルに入力して、変数を数値に直すと計算結果が得られる。

(1)   Lp=69.55+26.16*log(f)-13.82*log(hb)-a+(44.9-6.55*log(hb))*log(d)

(2)   a=(1.1*log(f)-0.7)*hm-(1.56*log(f)-0.8)

(3)   a=8.29*(log(1.54*hm))^2-1.1

(4)   a=3.2*(log(11.75*hm))^2-4.97

(5)   Lps=Lp-2*(log(f/28))^2-5.4

(6)   Lpo=Lp-4.78*(log(f))^2+18.33*log(f)-40.94

参考

ITU-R 勧告P.1546に示される奥村−秦式を基にした推定式

参照

[1] 奥村善久,大森英二,河野十三彦,福田倚治,“陸上移動無線における伝搬特性の実験的研究,”研実報, vol.16, no.9, pp.1705-1764, 1967.

[2] M. Hata, “Empirical formula for propagation loss in land mobile radio services, ”IEEE Trans. Veh. Technol., vol.VT-29, no.3, pp.317-325, Aug. 1980.

[3] 奥村善久,明山哲,”移動通信の電波伝搬,”移動通信の基礎,奥村善久,進士昌明(監修),第2章,(社)電子情報通信学会,東京,1986.

[4] COST 231 – Hata-Model, 4.4 Propagation Models for Macro-Cells, Digital mobile radio towards future generation systems, COST 231 Final Report, pp. 134-135,

      http://www.lx.it.pt/cost231/final_report.htm

[5] Rec. ITU-R P.1546-6, “Method for point-to-area predictions for terrestrial services in the frequency range 30 MHz to 4 000 MHz”, ITU-R, 2019.

[6] 高田潤一,”移動通信伝搬,”アンテナ工学ハンドブック”(第2版),澤谷邦男(委員長),13章13・7節,(社)電子情報通信学会,東京,2008.