寄稿
News letter No.192(2024年1月)
(エレクトロニクスソサイエティ賞受賞記)

回路およびエレクトロニクス分野「超伝導ナノストリップを用いた単一光子検出技術の開発」

(国立研究開発法人情報通信研究機構) / 三木 茂人

三木 茂人

 この度は、栄誉ある令和5年度エレクトロニクスソサイエティ賞を受賞させていただくこととなり誠にありがとうございます。長年にわたり共に研究開発を実施してきました情報通信研究機構未来ICT研究所超伝導ICT研究室の新旧メンバーの皆様をはじめとして、共同研究を通じてご支援・ご協力いただいた皆様方には深く感謝します。引き続き、ご支援・ご鞭撻を承ればと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

さて、本賞を受賞するにあたって取り組んできた「超伝導ナノストリップ単一光子検出器(Superconducting Nanostrip Single Photon Detector、以下SNSPD」に関する研究開発ですが、過去の記憶を掘り起こしながら昔話を少しさせていただくと、SNSPDに初めて接点を持ったのは私が修士2年生のとき、2000年にアメリカで開催された応用超伝導に関する国際会議に参加した際だったと記憶しています。といっても、私の当時の研究テーマは超伝導ホットエレクトロンボロメータに関する研究開発で、関わりをもったというほどのものではありませんが、ちょうど同年にモスクワ教育大のグループがSNSPDに関する提案と、その動作実証に関する発表[1]を聴講したというものでした。当時は光子検出器がどのようなものか、どういった役に立つのかもわかっておらず、ただただ漫然と発表を聞いていただけでしたが、記憶に残っているということはなにかしら自分の中で琴線に触れたのだと思います。その後、博士課程を修了し、大阪府立大学にてポスドクとして、別の研究を進めていましたが、超伝導検出器に関する論文を調べるうちに、SNSPDに関して興味を持ち始め、当時国内では着手されていなかった研究開発を自分の手で行いたいと考えるようになりました。ちょうどその頃、量子情報通信技術においても光子検出器の重要性が認識され始めたこともあり、2005年後半に情報通信研究機構(NICT)が有する世界最高水準の高品質超伝導窒化ニオブ(NbN)薄膜成膜技術を駆使して、SNSPDの開発をスタートすることができることとなりました。私自身、超伝導薄膜を用いたデバイス開発にはそれまでにも携わっていましたが、光子検出器に関する知識がない状態の中でのスタートでしたが、同機構の佐々木雅英氏、藤原幹夫氏との強い連携の下で研究開発を進めることができたのは大きく、世界的にみてもまだ発展途上技術として位置づけられていたSNSPDの研究開始からわずか3年程度で、汎用多チャンネルSNSPDシステム開発成功にまで導くことができました[2]。超伝導デバイスは極低温環境が必要ですが、当時はまだまま超伝導デバイスを冷却するために液体ヘリウムを用いることが主流だった中で、液体寒剤を必要としない無冷媒機械式冷凍機をベースとしたSNSPDシステムを構築することができたのは、様々な応用分野に適用可能であるという点で大きなアドバンテージとなり、量子暗号鍵配送試験への適用をはじめとする様々な応用分野への適用を実施し、SNSPDシステムの有効性・優位性を示すことが出来ました[3-6]。ただ、開発された初期のSNSPDでは通信波長帯(l=1550nm)における検出効率がわずか数%程度[7]にとどまっており、まだまだ十分とは言えない性能でしたが、前述の汎用的なSNSPDシステムに搭載可能な形で、SNSPD素子受光部に光共振構造を具備する構造や実装技術を開発することによって、検出効率を格段に向上することに成功してきました[8-10]。現在、我々が開発したSNSPDシステムの検出効率は90%以上、暗計数は数カウント/秒以下にまで至っており、他の光子検出器とは一線を画す性能を実現することが出来ています。また、SNSPD技術の社会実装へ向けた取り組みも進め、浜松ホトニクス株式会社への技術移転を完了、同社が開発したSNSPDシステムの量子情報通信技術への適用が実証されています[11]。

また、従来のSNSPD素子は単一の受光面を有するものが通常の構造となりますが、最大計数率の向上や受光面積の増大、疑似光子数識別、空間分解能を獲得するために、受光面(ピクセル)を複数個配置した多ピクセルSNSPDアレイの研究開発にも取り組み、世界で初めて64ピクセルSNSPDアレイを開発し、入射光の空間強度分布を光子レベルの強度で観測することに成功しました[12]。この際、ピクセル数の増大に伴って、極低温環境下での信号処理技術が重要な開発要素となりますが、我々は、極低温環境下において低消費電力・低ジッタ・高速動作が可能な超伝導単一磁束量子(SFQ)回路を用いたSNSPD用多重化信号処理方式を世界に先駆けて提案し[13]、動作実証を行ってきました。複数のSNSPDからの出力信号を多重化するための回路[14]や、アドレス情報をエンコードする回路[15]、2個の検出器の同時計数出力回路[16]など用途に応じた回路を柔軟に設計し動作実証することにも成功しています。  上記の通り、SNSPDに関する研究開発は、18年におよぶ研究開発の中で、目覚ましい進化を遂げ、いまや光子検出を必要とする先端技術分野において、必要不可欠なものとして位置づけられるまでになりました。しかし一方で、いまだ発展途上技術であることに変わりはなく今もなお興味深い成果や進化を見せる研究テーマとなっています。例えば、つい先日論文誌に掲載された我々の成果として、従来の超伝導ナノストリップよりも200倍以上広い20mmのストリップ幅を有する超伝導光子検出器の高性能動作に成功したというものがあります[17]。これは、超伝導ストリップ光子検出器においてストリップ幅を狭くしないと高感度に光子検出ができないという従来の概念を覆すもので、これまで超伝導ナノストリップも含めて明らかにされていなかった超伝導ストリップ型光子検出器の光子検出原理の解明がより進んでいくものと期待されます。また、ストリップ幅が広くなることで作製プロセスが格段に容易となることから、生産性・コストの大幅な改善も期待されます。今後、様々な先端技術分野において今後膨大な数の超高性能光子検出器が必要となってくる社会となったとき、超伝導光子検出技術が大きな役割を果たすものと信じ、引き続き開発を推進したいと思います。

文献:

[1] G. Golt’sman et al., Appl. Phys. Lett. 47, 4827 (2008).

[2] S. Miki et al., IEEE Trans. on Appl. Super. 19, 332 (2009).

[3] A. Tanaka et al., Opt. Exp. 16, 11354 (2008).

[4] T. Honjo et al., Opt. Exp. 16, 19118 (2008).

[5] M. Sasaki et al., Opt. Exp. 19, 10387 (2011).

[6] T. Kobayashi et al., Nat. Photo. 10, 441 (2016).

[7] S. Miki et al., Appl. Phys. Lett. 92, 061116 (2008).

[8] S. Miki et al., Opt. Lett. 35, 2133 (2010).

[9] S. Miki et al., Opt. Exp. 21, 10208 (2013).

[10] S. Miki et al., Opt. Exp. 25, 6796 (2017).

[11] https://www.nict.go.jp/press/2022/09/16-1.html

[12] S. Miki et al., Opt. Exp. 22, 7811 (2014).

[13] H. Terai et al., Appl. Phys. Lett. 97, 112510 (2010).

[14] T. Yamashita et al., Opt. Lett. 37, 2982 (2012).

[15] S. Miyajima et al., Opt. Exp. 26, 29045 (2018).

[16] S. Miki et al., Appl. Phys. Lett. 112, 262601 (2018). [17] M. Yabuno et al., Optica Quantum 1, 26 (2023).

著者略歴:  2003年神戸大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了。2005年10月情報通信研究機構に入所。現在、同機構未来ICT研究所神戸フロンティア研究センター超伝導ICT研究室室長。主に超伝導ストリップ光子検出器の研究開発に従事。応用物理学会会員、電子情報通信学会会員。工学博士。2012年文部科学大臣表彰若手科学者賞、2017年超伝導科学技術賞、2021年前島密賞、2023年エレクトロニクスソサイエティ賞を受賞。

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