寄稿
News letter No.192(2024年1月)
(エレクトロニクスソサイエティ賞受賞記)

光半導体およびフォトニクス分野「集積光ナノ構造を用いたトポロジカルフォトニクスに関する先駆的研究」

(東京大学先端科学技術研究センター) / 岩本 敏

岩本 敏

 この度は、令和4年度(第26回)のエレクトロニクスソサイエティ賞を頂き、誠に光栄に存じます。ご推薦いただきました先生、審査していただきました皆様に心より御礼申し上げます。

受賞対象となった集積光ナノ構造を用いたトポロジカルフォトニクスに関する研究は、私が荒川泰彦先生(東京大学)とともに長年続けてきた半導体フォトニック結晶に関する研究を基礎としたものです。フォトニック結晶研究を始めるきっかけを頂くとともに、様々なご指導を頂いた荒川先生には改めて深く感謝申し上げます。申し上げるまでもありませんが、今回対象となった研究成果は、決して私一人で達成したものではありません。当該研究を始めた当初より一緒に研究を進めています太田泰友先生(慶應義塾大学)、高橋駿先生(京都工芸繊維大学)をはじめとする多くの共同研究者の皆様、研究室の研究員や学生の皆さんと一緒に取り組んできた研究が、このような高い評価をいただけましたことは、望外の喜びであり、皆様にはこの場をお借りして心から敬意と感謝を申し上げます。

トポロジカルフォトニクスとは、2000年代半ばから後半にうまれた光学・フォトニクスの新しい研究領域の一つです。トポロジーの概念は、現代物理学の様々な分野で重要な考え方の一つとなっています。2016年のノーベル物理学賞がトポロジーの概念に立脚した物性物理学の展開に大きな貢献を果たした3名の研究者に授与されたことは記憶に新しいのではないでしょうか。この物性物理学で進展してきたトポロジーを基礎とした発想がフォトニクス分野に導入されることで誕生しましたのがトポロジカルフォトニクスです。

ある種の絶縁体では、トポロジカルエッジ状態と呼ばれる電子の表面状態が現れます。この状態は、材料の凹凸や欠陥の影響を受けず一方向に電子を輸送することができるため、超低消費電力エレクトロニクスやスピントロニクスへの応用が期待されています。この特殊な電子状態の存在は、電子のバンド構造のトポロジカルな特徴(バンドトポロジー)に起因します。一方、結晶中の電子と同様に、フォトニック結晶に代表される周期的光学構造中の光の振る舞いも、光のバンド構造によって記述されることはよく知られています。その類似性に注目したのが、2016年のノーベル物理学賞受賞者の一人であるHaldane先生です。2008年、Haldane先生らは、「ある種のフォトニック結晶を用いれば、光でも電子のトポロジカルエッジ状態に相当する状態が実現できる」ということを理論的に示しました[1]。翌2019年には、MITのグループがマイクロ波領域でこの光のトポロジカルエッジ状態の実現に成功します[2]。光のトポロジカルエッジ状態にはいくつかの種類がありますが、一般に異なるバンドトポロジーを有する2つのフォトニック結晶で形成された界面に現れます。これら光のトポロジカルエッジ状態は、電子のそれと同様、構造欠陥や界面の曲がりがあっても光を高効率に伝送することができ、この特徴を光導波路やその他の光デバイスに応用しようとする試みが各国で進められています。トポロジカルフォトニクスの概要、導波路としての応用可能性や課題について、最近、電子情報通信学会誌に解説記事[3]を寄稿させていただきました。また、半導体フォトニックニック結晶を用いたトポロジカルフォトニクスの進展は文献[4]にまとめています。興味を持っていただけました方は、是非これらもご参照いただければ幸いです。

さて、我々がトポロジカルフォトニクスの研究を始めたのは2016年頃のことです。当時、荒川研・特任助教だった高橋駿先生が、ある国際会議でトポロジカル物理学の分野で著名な初貝安弘先生(筑波大学)のグループの博士課程の学生さんの発表で議論をしてきてくれたことが大きなきっかけとなりました。荒川先生、高橋先生と研究を進めていた3次元カイラルフォトニック結晶が、ワイル点と呼ばれるトポロジカルな特徴を持った特異点と関連するエッジ状態を持つ可能性がわかったのです。これをきっかけに初貝先生との共同研究を開始しました[5]。これと並行して、当時の博士課程の学生さんと構造が大きく作製が容易なフォノニック結晶(フォトニック結晶ではなく)でのトポロジカル状態(この場合は光ではなく弾性波に対する状態)に関する研究[6]、集積光ナノ構造でトポロジカルエッジ状態の実現を目指す研究を太田先生などともに開始しました。

集積光ナノ構造を用いたトポロジカルフォトニクスに関しては、半導体フォトニック結晶を用いて世界で初めてトポロジカルナノ共振器レーザ[7]を実現するとともに、物性物理の理論家である若林克法先生(関西学院大学)、Feng Liu先生(関西学院大学、現在、中国・寧波大学)と連携しコーナー状態と呼ばれる局在したトポロジカル状態をナノフォトニクスのプラットフォームで初めて実現することに成功しました[8]。また、シリコンリング共振器をプラットフォームとして、周波数空間での光トポロジカル状態の実現とそのアイソレータなどへの応用を目指した研究[9]に、馬場俊彦先生(横浜国立大学)、トポロジカル物理の理論家である小澤知己先生(東北大学)、太田先生のチームで取り組んでいるほか、光計測や情報通信、物性制御などに新たな可能性を拓くと期待される光スキルミオンと呼ばれる特殊な偏光分布を有する光ビームのオンチップ生成[10]に関する研究も進めてきました。以下では、半導体フォトニック結晶を用いたトポロジカル導波路に関する研究について、少し詳しくご紹介させていただきたいと思います。

光のトポロジカルエッジ状態を用いた光導波路は曲げに強いという魅力的特徴があります。我々は、光トポロジカルエッジ状態のうちバレーフォトニック結晶と呼ばれる構造に現れるエッジ状態を用いた導波路を、半導体フォトニック結晶を用いて実現し実際に界面の急峻な曲げがある場合にも良好な光伝搬が可能であることを示しました[11]。半導体バレーフォトニック結晶導波路は、我々も含めて3つの機関から独立に、ほぼ同時期に報告されました。さらに、バレーフォトニック結晶導波路の構造を工夫することで、曲げに強いという特徴を維持したまま、伝搬モードをスローライト化できることを見出し[12]、シリコンフォトニクスのプラットフォームでその実現に成功しました[13]。スローライト導波路では一般に曲げ損失が非常に大きくなりますが、バレーフォトニック結晶スローライト導波路では、曲げ損失が大きく抑制されます。我々の提案したバレーフォトニック結晶スローライト導波路構造は、海外のいくつかの研究グループでも活用されています。

バレーフォトニック結晶導波路は、特定角度の曲げやある種の構造欠陥に対しては高い堅牢性を示す一方、ランダムな構造揺らぎに対する耐性は限定的です。これは、バレーフォトニック結晶が示すトポロジカルな性質が、構造の対称性に起因しているためです。ランダムな構造揺らぎに対しても堅牢なトポロジカル光導波路を実現するには、時間反転対称性の破れた系で実現されるカイラルエッジ状態というものを利用する必要があり、そのためには磁気光学効果を用いる必要があります。しかし、通信波長帯で利用できる材料の磁気光学効果はマイクロ波帯のそれと比較して小さいため、光領域でのカイラルエッジ状態の実現は難しいのが現状です。我々は、磁性材料の専門家である電磁材料研究所の小林伸聖主席研究員、池田賢司主任研究員とともに、新たな磁気光学材料の開発にも取り組みながら、その実現に挑戦しています[14,15]。

トポロジカルフォトニクスはまだ若い研究分野です。集積フォトニクスなどへの応用が期待されていますが、明らかにすべきポイント、克服すべき課題が多いのが現状であり、明確な応用ターゲットとそれへの道筋が見えているわけではありません。我々の研究もまだまだ基礎的なものです。そのような研究内容に対してエレクトロニクスソサイエティの賞をいただけましたことは、「頑張って応用の可能性を示せ」というメッセージだと思っております。今回の受賞を励みとし、それに応えられるよう、共同研究者や研究室のメンバーとともに引き続き研究を進めて参りたいと思います。

最後になりましたが、共同研究者の皆様、研究室メンバーをはじめ、日頃よりご支援いただく皆様に改め心より御礼申し上げます。

参考文献:

[1] F. D. M. Haldane and S. Raghu, “Possible Realization of Directional Optical Waveguides in Photonic Crystals with Broken Time-Reversal Symmetry,” Phys. Rev. Lett. 100, 013904 (2008).

[2] Z. Wang, Y. Chong, J. D. Joannopoulos, and M. Soljačić, “Observation of unidirectional backscattering-immune topological electromagnetic states,” Nature 461, 772 (2009).

[3] 岩本敏、“トポロジカルフォトニクス,” 電子情報通信学会誌 解説記事, in press

[4] S. Iwamoto, Y. Ota, and Y. Arakawa, “Recent progress in topological waveguides and nanocavities in a semiconductor photonic crystal platform”, Opt. Mater. Express 11, 319 (2021).

[5] S. Takahashi, S. Oono, S. Iwamoto, Y. Hatsugai, and Y. Arakawa, “Circularly Polarized Topological Edge States Derived from Optical Weyl Points in Semiconductor-Based Chiral Woodpile Photonic Crystals”, J. Phys. Soc. Jpn. 87, 123401 (2018).

[6] I. Kim, S. Iwamoto, and Y. Arakawa, “Topologically protected elastic waves in one-dimensional phononic crystals of continuous media”, Appl. Phys. Express 11, 017201 (2018). Selected as a Spotlight Paper 2018.

[7] Y. Ota, R. Katsumi, K. Watanabe, S. Iwamoto, and Y. Arakawa, “Topological photonic crystal nanocavity laser”, Commun. Phys. 1, 86 (2018).

[8] Y. Ota, F. Liu, R. Katsumi, K. Watanabe, K. Wakabayashi, Y. Arakawa, and S. Iwamoto, “Photonic crystal nanocavity based on a topological corner state”, Optica 6, 786 (2019).

[9] A. Balčytis, T. Ozawa, Y. Ota, S. Iwamoto, J. Maeda, and T. Baba, “Synthetic dimension band structures on a Si CMOS photonic platform”, Sci. Adv. 8, eabk0468 (2022).

[10] W. Lin, Y. Ota, Y. Arakawa and S. Iwamoto, “Microcavity-based generation of full Poincare beams with arbitrary skyrmion numbers”, Phys. Rev. Research 3, 023055 (2021).

[11] T. Yamaguchi, Y. Ota, R. Katsumi, K. Watanabe, S. Ishida, A. Osada, Y Arakawa and S. Iwamoto: “GaAs valley photonic crystal waveguide with light-emitting InAs quantum dots,” Appl. Phys. Express 12, 062005 (2019).

[12] H. Yoshimi, T. Yamaguchi, Y. Ota, Y. Arakawa, and S. Iwamoto, “Slow light waveguides in topological valley photonic crystal”, Opt. Lett. 45, 2648 (2020).

[13] H. Yoshimi, T. Yamaguchi, R. Katsumi, Y. Ota, Y. Arakawa, and S. Iwamoto, “Experimental demonstration of topological slow light waveguides in valley photonic crystals”, Opt. Express 29, 13441 (2021).

[14] T. Liu, N. Kobayashi, K. Ikeda, Y. Ota, and S. Iwamoto, “Topological Band Gaps Enlarged in Epsilon-Near-Zero Magneto-Optical Photonic Crystals”, ACS Photonics, 9, 1621 (2022).

[15] K. Ikeda, T. Liu, Y. Ota, N. Kobayashi, and S. Iwamoto, “Enhanced Magneto-Optical Effects in Epsilon-Near-Zero Indium Tin Oxide at Telecommunication Wavelengths”, Adv. Optical Mater. 2023, 2301320 (2023).

著者略歴: 2002年東京大学工学系研究科物理工学専攻博士課程修了、博士(工学)。同年、東京大学生産技術研究所・助手、2003年 同・講師、2007年東京大学先端科学技術研究センター・准教授、2019年 同・教授(生産技術研究所・教授兼務)。2000年応用物理学会講演奨励賞、2005年SSDM Best Paper Award、2012年文部科学省若手科学者賞、2022年ドコモモバイルサイエンス賞、2023年エレクトロニクスソサイエティ賞など。電子情報通信学会、応用物理学会、IEEE各会員、OPTICAフェロー

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