会長挨拶
電子情報通信学会
エレクトロニクスソサイエティ会長
藤島 実(広島大学)
私は、これから1年間、本会の得意分野であるICT技術を活用することで、本会の再生の先駆けとなるような活動をしたいと考えています。
エレクトロニクスソサイエティは、電磁波基盤技術、フォトニクス技術、回路・デバイス・境界技術の3つの研究領域から構成されています。このそれぞれの研究領域では、半導体技術そのものを研究したり、またその半導体技術により進展したシミュレーションツールを用いて応用研究したりしてまいりました。近年では、経済安全保障の観点からも、半導体技術の重要性がますます認識されてきています。私の専門は半導体技術のひとつであるアナログ集積回路です。先日ある会議の雑談の中で、「研究が難しすぎて学生さんの人気を得るのは難しいのではないですか」と、「学生が設計技術を持っていれば高給で雇ってもらえるのだから人気がでないわけはないですね」という相反する意見をいただきました。私たちのソサイエティが対象としているエレクトロニクス分野の基盤技術領域は重要ですが、日本の若い世代に必ずしもうまく伝わっているとは言えません。一方、日本人ではない留学生は、同じ若い世代でも半導体の重要性を理解している人が多いのですが、本学会が彼らの求めるサービスを提供しているとは言い難い状況です。
電子情報通信学会にとって大きな課題は、会員数の減少と学会誌投稿数の減少です。会員数については、日本の年齢別人口分布で正規化しても、30代の学会員数は50代の約半分に過ぎません。そこで、若手会員にアピールするために弾丸プレゼンを実施したり、若手会員の事務処理負担を軽減するための事務的支援を行ったりして、学会の魅力を高めようとしています。また、エレクトロニクスソサイエティでは、研究会などを通じて、学生や若手を対象とした様々なセミナーやコンテストを企画しています。
一方、論文誌に目を向けると、電子情報通信学会の英文誌に投稿・査読された方はご存知の通り、査読は厳密で、IEEEジャーナルに比べて掲載が容易ということはありません。しかし、投稿者にとっては、読まれる確率の高い雑誌に投稿したい、あるいは自分の昇進のためにインパクトファクターの高い雑誌に採択されたいと思うのは当然のことです。そのため,ジャーナルの質が低いわけではないのですが、自主的に投稿する論文の数は減っています。IEEEのような世界的に有名なジャーナルが存在する以上、電子情報通信学会にジャーナルは必要ないという意見もあるくらいです。しかし、日本では電子情報通信学会がプロフェッショナルの階段を上るために大きな役割を担ってきました。年2回の全国大会、定期的なワークショップ、英語発表デビューにふさわしい国際会議など、さまざまな会合を開催しています。このインフラこそが、学会の価値なのです。若い人向けのメニューはたくさんあるのに、現実にはそれがうまく伝わらず、若い人が自主的に入会したい学会とは思われていないようです。「電子情報通信学会って何?」というような知名度の問題もあるのでしょう。また、学会が学生にアピールしようとしても、なかなか届かないのかもしれません。
これらの問題を解決するアイデアとして、編集・出版担当の副会長だった2年前、ニュースレターの「真の国際学術団体を目指す電子情報通信学会の論文誌の将来像」と題する巻頭言で、自動翻訳の活用について書きました。電子情報通信学会では、日本語記事や日本語の招待論文のダウンロード率が高いので、非英語圏の人たち向けに、英語に限定しない多言語版のコンテンツを開発してはどうかという提案です。電子情報通信学会会長に新しく就任された川添雄彦さんは、多言語翻訳プラットフォームを構築し、言語の壁を乗り越える国際的な学術組織とすることを所信表明で宣言されました。すでに財務委員会でも取り上げられ、バリアフリーを推進するための音声認識とともに、翻訳・音声認識プラットフォームWGが立ち上がっています。微力ながら私もそのWGのメンバーとしてお手伝いしたいと考えています。言葉の壁を乗り越えられるプラットフォームができれば、論文は多言語で読めるようになり、今まで以上に多くの人に見てもらえるようになります。海外在住の学部3年生までの外国人は、ジュニア会員になれば、無料で母国語で学会の内容を読むことができます。
産学連携も学会の重要な課題のひとつです。会員数の中で、特に企業会員の減少が顕著です。学会を企業活動の受皿として機能させ、新たな産学連携の場としてリバイブさせるために、企業を中心とする活動の場としての企業イニシアティブWGが立ち上げられました。そこでは、企業の価値向上につながるテーマを企業自らが提案し、テーマ毎にそれを議論する提案企業主導の分科会を立ち上げることが考えられています。分科会のテーマは企業が提案するものの、アカデミア、他企業も参加できるものとし、新たな価値創出の場、産学連携の場として活用することが期待されています。エレクトロニクスソサイエティの会長は、2019年以降少なくとも2023年まで5年連続で大学教員が続きますが、企業会員の方々の力も借りながら、産学連携の場としての学会を築きたいと考えています。
トップダウンでどんなに良い試みを始めても、幅広くその試みが浸透することは難しいものです。内容がよく理解されていなければ、期待に反して広がらずに終わってしまいます。逆に、満足し共感すれば、サービスを利用する人がインフルエンサーとなり、広がりをみせることでしょう。共感を得るためには、内容だけでなく企画意図が利用者に正しく伝わり、プロジェクトを少しずつブラッシュアップし育てることが大切です。これまで、次期会長として高橋前会長のもとで1年間学ばせていただきましたが、1年でできることは多くありません。先輩方の様々な思いを受け継ぎ、次の世代にその思いを伝え、共感を広げながら電子学会の発展に寄与していきたいと思います。