寄稿
News letter No.192(2024年1月)
(エレクトロニクスソサイエティ賞受賞記)

電磁界理論およびマイクロ波分野「マイクロ波帯大電力レクテナの高効率化技術に関する先駆的研究」

(金沢工業大学) / 伊東 健治

伊東 健治

 今回、エレクトロニクスソサエティ賞を受賞致しました3人(伊東健治、野口啓介、坂井尚貴)を代表致しまして、ご推薦を賜ったマイクロ波研究会の前委員長 末松憲治先生をはじめとするマイクロ波研究会の関係者の皆様、エレクトロニクス・ソサエティの関係の皆様に厚く御礼申し上げます。本研究は、過去から現在まで国プロの支援により実施されています。①「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」(JST-CREST)、②内閣府SIP第二期「IoE社会のエネルギーシステム」、③NICTの委託研究「完全ワイヤレス社会実現を目指したワイヤレス電力伝送の高周波化および通信との融合技術」、④総務省の「電波資源拡大のための研究開発による委託研究」、⑤JAXAの「I.広域未踏峰探査技術 宇宙・地上両用途の高効率・長距離無線電力伝送用ミリ波デバイス及び全体システムの開発」により、1MHzから30GHzまでの周波数領域、nWから10Wクラスまでのレクテナ/整流器の研究開発を実施してきました。現在は将来の宇宙用途を想定しミリ波での大電力レクテナの実現に注力しています。関係機関の皆様、また共同研究者の皆様に深謝申し上げます。

図1 研究対象の推移

 さて本賞を推薦頂く際、エレクトロニクスソサイエティ選奨規程を確認しました。第7条3項に「本賞は少壮研究者の顕彰を旨とする」とあります。私は還暦を過ぎており、少壮とは云い難く(未だ學難成、ではありますが)、本来このような栄えある賞は若い研究者・技術者へ、と思います。そのような内なる葛藤はあったのですが、主力である坂井尚貴研究員がまさに少壮研究者であることを鑑み、推薦頂くことにしました。坂井君は本研究に関するIEEE Trans. MTTの論文[1]により、2022 IEEE MTT-S Japan Young Engineer Awardを受賞しております。共同研究者として悦ばしく思っています。

 本研究では回路とアンテナに専門性を持つメンバーで密に議論しアイデアを出しています。その特色は、(1)アンテナで回路機能(整合、インピーダンスのステップアップ,高調波処理)をほぼ無損失で実現することができることを明らかにした、(2)GaAs E-pHEMTによるGated Anode Diode (GAD)をレクテナに適用し、標準的なGaAsプロセスでの高効率整流器の集積化を可能とした、などの点にあります。さらに最もレクテナが高効率となるよう、(1)と(2)の設計を協調的に行っています。このあたりの詳細については[2](Free DL)、[3]にまとめています。現在、市販のダイオードでは高効率・大電力整流が困難な5.8GHzから準ミリ波帯まで、トップの整流効率を実現しています。さらに協力関係にある企業への技術移転を進めており(例えば[4])、法制化されたマイクロ波での無線電力伝送の社会実装を後押ししています。
 ここで、本研究に至る経緯を説明したいと思います。私は三菱電機に入社以来、大船にある研究所で、周波数変換回路を中心に高周波半導体回路の研究をしておりました。当時の研究所の幹部であられた故片木孝至先生(後に金沢工大教授)、直接の上司であった石田修己先生(後に沖縄高専教授)のご厚意により、1997年に東北大水野皓司先生のご指導で学位を頂きました。そのなかで偶高調波ミクサを取り上げました。ダイオードを局部発振波で励振し時変素子として動作させる場合、多周波での動作解析が必要です。これは整流器の動作と同じです。学位取得後に、尼崎の携帯電話の事業所に転勤となりました。そこでは、客先であるNTTドコモ、部品メーカであるTI、ADI、IBM microelectronics、村田製作所のご協力を得、第2世代携帯電話用RF-ICや、前述の偶高調波ミクサを用いる世界初の第3世代携帯電話用ダイレクトコンバージョン受信機[5]の開発を行いました。その後の収益の悪化により2008年に事業終息させ、2009年に金沢工大に移りました。携帯電話開発の間、仕事と並行しIEEE MTT-Sの論文誌Trans. MTTの編集委員を務め、2年間で約200本の採否判定を行ったり、MTT-SのADCOMメンバーとなり、APMC主催国とのconference qualityのcontrolを行ったりしていました。CALTECHのD. Rutledge先生やUCLAの故伊藤龍男先生の要請によるもので、良い機会を頂戴しました。ADCOM electionで選出された同期が、モントリオール工科大の教授であり、その後MTT-SのPresidentを務めたKe Wu先生です。2008年頃だったか、Wu先生がサヴァティカルでの滞在先を探しているときに、京大篠原真毅先生を紹介しました。私が委員をしていたURSI-Cで、そのような枠が案内されていたからです。Wu先生の京大滞在が、その後のWireless Power Transfer Conf. (WPTC)に繋がっています。そんな経緯で2009年の冬に、Wu先生と篠原先生が金沢に来られ、無線電力伝送の研究の話をされました。私が無線電力伝送に興味を持つ契機となりました。

無線電力伝送用レクテナについては、1960年代よりW. C. Brownによる宇宙太陽光発電の研究のなかで報告され、国内においても、京大、北大、早大、CRLをはじめとする多くの研究機関で先駆的な取り組みが行われてきました。2.4GHzではBrownの研究により、1970年代には90%前後の整流効率に達しております [6] 。

私がそのような示唆もありレクテナの研究をはじめたのは2010年で、極めて後発です。研究の動機は至って簡単です。新任の大学で、SG 1台とマルチメータで実施できる整流器の研究はハードルが低いのです。研究課題は追々考えることになります。最初はブリッジ整流器を取り上げました。複数のダイオードを用いる回路は、高調波処理が容易で高効率化しやすい、前職でのミクサ研究での知見です。将来の実用化に向け必要な集積化にも適しています。佐圓君(現TDK)にブリッジ整流器のビヘイビアモデルによる整流効率の定式化を行ってもらいました。これにより、設計条件が理解できました。この成果を電子情報通信学会の和文論文誌Cに投稿しましたが、IEEE Trans. MTTの編集委員の経験から見ても甚だ意地悪な査読により2回もRejectとなりました。その後、追加の理論、データを加えIEEE Trans. MTTに採録されました [7] 。その筆頭著者である桔川君(現三菱電機)は2023 IEEE MTT-S Japan Young Engineer Awardを受賞しました。このような査読者の牽制は、和文論文誌の課題ではないでしょうか。

 この知見をもとに、伊藤君(現東芝エレベータ)に2.4GHzレクテナを試作してもらったのは2013年です。効率を高めるためには高耐圧の整流用ダイオードを用い、高インピーダンスRF電源により耐圧ぎりぎりで駆動すれば良い。その高インピーダンスRF電源を、高インピーダンスアンテナで実現すれば、インピーダンスのステップアップに伴う回路損失をゼロです。金沢工大内で野口先生、故別段伸一先生に相談し、折返しダイポールアンテナを設計しました。これに市販のSi SBDによるブリッジダイオードを接続し、1Wの入力電力に対し80%の整流効率を得ました。Si SBDではトップの整流効率[8]で、WPTCでStudent Paper Awardを頂きました。しかし[5]ではGaAs SBDにより90%の効率を得ています。2000年代以降、市販ディスクリートGaAs素子が姿を消し、レクテナの電気性能は退行していました。この頃から、競争力のあるレクテナ用の半導体開発が重要であると、痛感しました。同時期に、IBM Microelectronicsにおられた渡邊祐一さんより、SOI-CMOSでのシャトル提供のお話を頂きました。前述の第3世代携帯電話に同社とSiGe BiCMOS ICを開発した縁です。2015年の春より、柳原君(現パナソニックシステムネットワークス開発研究所)に設計環境の立ち上げとSOI-CMOSによる大電力整流器ICの検討[9]を行ってもらいました。低耐圧なので大電力化には向かないのですが、レクテナ用半導体開発のヒントになりました。ノーマリーオフのFET(NMOS FET)により、容易に整流用ダイオードが構成できることが分かりました。大電力整流器用の高耐圧ノーマリーオフのFETを探そうと思いました。そんな頃、同年6月に米フェニックスでのIEEE MTT-S International Microwave Symp. (IMS)で、名古屋工大の分島彰男先生からGaNデバイス応用の相談を頂きました。2002年のIEEE GaAs IC Symposium(米モンタレー)に招待されたとき、receptionで当時NECの新進気鋭の研究員であった先生と随分話し込んだ記憶があります。フェニックスでの議論がGaN GAD研究に関するお互いの起点で、私はまずGaAs E-pHEMT GADでの整流回路の検討を行うことにしました。それをプロジェクト化できたのは2018年秋であり(内閣府SIP)、それまではSOI-CMOSで検討を進めました。その間、野口先生に10kΩの高インピーダンスアンテナを検討頂きました。その端子インピーダンスへのSOI-CMOS整流器の整合は困難であり、岸本君(現MCC)と土本君(現三菱電機)に誘導性の高インピーダンスアンテナと容量性の整流器の直接整合[10]を実現してもらいました。  2018年からの内閣府SIPでの5.8GHz帯レクテナの開発では、以上のような経緯のもとに揃えた知見をもとに、麦谷君(現中部管区警察局)には新たに高調波反射機能を集積化したアンテナ[11]、野口先生には1波長ダイポールアンテナのアイデア[1]、小松君(現三菱電機ソフトウェア)にはGaAs E-pHEMT GADによる整流器MMIC[12]を開発してもらい、高効率な大電力整流器を実現するピースが揃いました。これらの技術を集積した5.8GHzレクテナにおける整流効率は、92.8%@1Wレクテナ[1]、83.7%@10Wレクテナ[11]であり、現時点では世界トップのベンチマークです。図2に5.8GHz帯10Wレクテナを示します。窒化アルミニウム基板上にアンテナを構成し、GaAs整流器MMICと接続しています。整流器MMICの発熱は窒化アルミニウム基板を介し、ヒートシンクで放熱します。IMSでの坂井君の講演後も質問が続き、強い関心を集めていることが分かりました。

図2  5.8GHz帯10Wレクテナ

 現在は、ミリ波でのIC実装に伴う接続損失を抑制するために、非接触給電の実現を進めています。29GHzにおいて74%@入力電力15dBmの整流効率を得ており[14]、これを大電力化する検討を行っています。

以上のように多くの方々のご指導、学生達の努力により技術開発を進めてきました。今後も、アンテナからIC設計までの先端的な技術開発を通じ、多くの学生が十分な開発・設計スキルを習得できるよう、研究室を運営していきたいと思っています。引き続き、関係の皆様のご支援をお願い致します。

[1]   N. Sakai, K. Noguchi, and K. Itoh, “A 5.8-GHz band highly efficient 1-W rectenna with short-stub-connected high-impedance dipole antenna,” IEEE Trans. Microw. Theory Techn., vol. 69, no. 7, pp. 3558–3566, Jul. 2021.

[2]   K. Itoh, N. Sakai, K. Noguchi, “Highly Efficient High-Power Rectenna with the Diode on Antenna (DoA) Topology,” IEICE Trans. Elect., Vol.E105-C, no.10, pp.483-491, 2022: https://doi.org/10.1587/transele.2022MMI0007

[3]   伊東健治,野口啓介,坂井尚貴,“無線電力伝送用大電力レクテナ,” 信学技報MW2023-2, 2023.

[4]   石原和弘,長谷川安昭,大嶋元樹,坂井尚貴,伊東健治,“GaAs E-pHEMT gated anode diodeを用いた5.75GHz帯1Wレクテナ,” 2023信学ソ大, B-20-12, 2023.

[5]   K. Itoh, T. Yamaguchi, T. Katsura, K. Sadahiro, T. Ikushima, R. Hayashi, F. Ishizu, E. Taniguchi, T. Nishino, M. Shimozawa, N. Sueharu, T. Takagi, and O. Ishida, “Integrated even harmonic type direct conversion receiver for W-CDMA mobile terminals,” 2002 IEEE MTT-S Internl. Microw. Symp. Digest, pp. 9-12, 2002.

[6]   W. C. Brown: “Optimization of the Efficiency and Other Properties of the Rectenna Element”, 1976 IEEE MTT-S Internl. Microw. Symp. Digest, pp.142-144, 1976.

[7]   K. Kikkawa, T. Saen, N. Sakai, and K. Itoh, “A 2.4-GHz 10-W class bridge rectifier and its efficiency analysis with the behavioral model,” IEEE Trans. Microw. Theory Techn., vol. 70, no. 3, pp. 1994–2001, 2022.

[8]   M. Ito, K. Itoh, et.al., “High efficient bridge rectifiers 100MHz and 2.4GHz bands”, 2014 IEEE Wireless Power Transfer Conf., pp. 64–67, 2014.

[9]   S. Yanagihara, S. Tsuchimoto, K. Itoh, K. Kawasaki, T. Yao and M. Tsuru, “The 2.4 GHz band SOI-CMOS bridge rectifier IC,” 2017 IEEE Wireless Power Transfer Conf., 2017.

[10] S. Tsuchimoto, K. Itoh, K. Noguchi and J. Ida, “High sensitive 2.4 GHz band rectenna with direct matching topology,” 2019 IEEE Wireless Power Transfer Conf., pp. 278-281, 2009.

[11]  A. Mugitani, N. Sakai, A. Hirono, K. Noguchi and K. Itoh, “Harmonic reaction inductive folded dipole antenna for direct connection with rectifier diodes,” IEEE Access, vol. 10, pp. 53433-53442, 2022.

[12] 小松郁弥,坂井尚貴,伊東健治,“パッシブ動作E-pHEMTを用いる5.8GHz帯大電力整流器MMIC,”信学技報MW2020-35, 2020.

[13] N. Sakai, N. Furutani, K. Uchiyama, Y. Hirose, F. Komatsu, and K. Itoh, “5.8 GHz band 10 W rectenna with GaAs E-pHEMT gated anode diode on the aluminum nitride antenna for thermal dispersion,” 2023 IEEE MTT-S Internl. Microw. Symp. Digest, 2023.

[14] 坂井尚貴,遁所雄大,小林章伸,野口啓介,津留正臣,伊東健治,“外部高効率ワイヤアンテナへの非接触給電構造を用いる28GHz帯高効率GaAsレクテナMMIC,” 信学技報MW2023-156, 2023.

著者略歴:  1983年同志社大・工・電子卒。1997年東北大学工学研究科・電子工学専攻・後期博士課程修了。1983年三菱電機(株)に入社。同社情報電子研究所、モバイルターミナル製作所・ハードウェア技術部長を経て、2009年金沢工大教授。衛星通信地球局、衛星搭載中継器、レーダ装置などに用いられるマイクロ波・ミリ波送受信機の研究・開発、RF-IC、携帯電話機、無線電力伝送用レクテナの研究・開発に従事。2002年第50回オーム技術賞、2014年 IEEE MTT-S N. Walter Cox Awardなど受賞。2004年~2008年 IEEE Trans. MTTのAssociate Editor、2006年~2008年、2010年、2012年、2014年 IEEE MTT-S elected ADCOM member。2008年~2011年URSI-C委員長。2016年~2017年 MTT-S Nagoya chapter chair。著書「モバイル通信の無線回路技術」(電子情報通信学会,共著)ほか。IEEE Fellow。博士(工学)

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