巻頭言

無限の可能性を秘めた訪問者たち

内永 ゆか子(日本アイ・ビー・エム常務取締役)

 少々、旧聞に付す話ではありますが、夏休み真っ盛りの8月上旬。25名の女子中高生が、5日間にわたって当社を訪問しました。目的は「IBM EXITE Camp-Summer 2001 in Japan」への参加です。理科離れが進んでいると言われる中学高校生、特にその傾向が強いと言われる女子生徒を対象に、科学や数学の楽しさを知ってもらうことを目的としたプログラムです。様々なレクチャーやディスカッション、あるいは自分自身のホームページ作成などのカリキュラムを用意しました。日本IBMでの開催は今年が初めてでしたが、海外では1999年から行なわれており、今年は全世界8か国約20か所で同様のプログラムが実施されました。参加者の感想も「将来コンピューターの世界で働きたいと思っているので、あこがれの職業の人に会えて、とても嬉しかった」(高校一年生)などと上々。先生役としてボランティアで参加した社員とも有意義なコミュニケーションが図られました。
 IBMでは、古くから「ダイバーシティー(多様性)」という考え方を重要視してきました。人間は、身体的特徴、信条や宗教、学歴や生い立ち、嗜好、男女の違いなど、それぞれ異なった背景や立場を携えています。しかし、これらの差異を”違い”としてではなく”多様性”として受け止めるとともに、同質化させて差異を解消するのではなく、異質であることをお互いに尊重し合うこと。これが「ダイバーシティー」の考え方であり、多様なアイデアやスキルを生み出すための環境を確立し、チームとしての可能性を最大限に引き出すための原動力であると考えています。
 1993年にガースナー会長が就任してから、その推進に大きな拍車がかかりました。なぜならば、市場における主導権が生産者から消費者へと大きくシフトし始め、要求内容が多様化する市場環境に対応していくためには、IBM自身が多様性を備えることが不可欠と考えたからです。また、雇用においても、大きな意味を持ちます。多様性を備えた企業には、当然、様々なアイデアやスキルを持った多種多様な背景の人材が集まってくることが期待されるからです。このように、ビジネスと雇用という2つの側面において、ダイバーシティーが重要だと考えたわけです。
 現在の日本におけるダイバーシティーを考えた場合も、”男女の違い”は、様々な場面で最も大きな影響を与える要素のひとつでしょう。女性の就業については、法律面、制度面、企業姿勢、あるいは社会的価値観といった様々な点での改革、すなわち環境面でのインフラ整備が重要です。同時に、興味のある分野を仕事を通じて探求したいという欲求、すなわち自己実現の意識が不可欠です。女性を取り巻く環境と自己実現の意識が相まってこそ、男女の違いを多様性として受け止められる社会が、初めて構築されるのです。ITを含む理数系の分野に、より多くの女子学生が興味を持ってくれるようにと開催した「IBM EXITE Camp」も、こうした考え方から生まれたプログラムです。多様性を尊重するという価値観が、当社だけに、産業界だけに、日本国内に止まることなく広く浸透し、次の世代へ、そのまた次の世代へと伝承され、増幅されていくことを期待しています。
 今回の「EXITE Camp」参加者が期間中に作成した資料が、20年後にインターネット上で公開されるという計画もあります。デジタル・タイムカプセルといったところでしょうか。「あこがれの職業の人に会えて、とても嬉しかった」とのコメントを寄せてくれた高校一年生の女性も、20年後には彼女自身が”あこがれの人”になっているかもしれません。