寄稿
News letter No.192(2024年1月)
(エレクトロニクスソサイエティ招待論文賞受賞記)

「窒化ガリウム(GaN)の高出力・高効率・広帯域化に向けた新デバイス・新回路設計の取り組み」

(富士通) / 佐藤 優

佐藤 優

 この度は拙著論文に対してエレクトロニクスソサイエティ招待論文賞をいただき、大変光栄に思います。推薦していただいた皆様、選考委員の皆様、エレクトロニクスソサイエティの皆様に感謝申し上げます。また共著者の皆様、富士通株式会社のGaNデバイスプロセスおよび評価を担当された皆様にも、この場を借りて深く感謝申し上げます。

研究開発の背景

 本論文では、私たちの日常生活でインフラとして活用されている無線通信やレーダ等に用いられる窒化ガリウム(GaN)高出力アンプ(PA)の研究を紹介します。PAはマイクロ波・ミリ波の電力を高める役割を担っており、その出力電力と効率は、各アプリケーションの運用距離や消費電力を決定する重要な要素です。

GaNに関する現在および今後の研究は、高出力、高効率、高周波/広帯域性の3つの方向性があります。PAの高出力化は、通信機器やレーダの到達範囲を広げることを可能にします。また、PAの高効率化は、冷却システムの簡素化や無線機器の小型化を可能にします。さらに、無線通信では、高周波ほど高データレート信号の送信に必要な帯域幅を確保できるため、広帯域性の追求も重要な課題となります。そのため高周波/広帯域に対応できるデバイスや回路設計の導入が求められます。

GaNは、高い電子移動度、電子飽和速度、大きなバンドギャップを持つため、上記の目標達成に向けて魅力的な選択肢となります。論文では、当社が行ったGaN高電子移動度トランジスタ(HEMT)の性能向上に向けた取り組みを紹介し、その効果と可能性を示しました。

 従来、GaNデバイスには供給層にAlGaNを用いたものが主流ですが、我々はインジウム(In)を添加したInAlGaN/GaN HEMTを開発し、マイクロ波からミリ波領域で高い出力特性を実現しました。Inを添加することにより、格子歪を引き起こすことなくシート抵抗を低減することが可能となります。これにより高いキャリア濃度と移動度を同時に実現し、結果として高出力を達成することができました。ゲート長0.25 umデバイスのS帯GaN HEMTでは、従来9 W/mmであった大信号出力を15 W/mmに向上しました。さらに、6G通信での適用が期待される100 GHz帯に対応するため、ゲート長を80 nmまで縮小し、大信号特性を評価しました。その結果、96 GHzで3 W/mmというW帯でも高い出力特性が得られました。

さらに、このトランジスタを用いてW帯パワーアンプMMICを設計しました。W帯では、モデルの高精度化が必要となります。そのため、我々はドレイン電圧に対して出力側容量が変化するモデルを提案し、このモデルを用いて設計を行いました。試作したMMICは86 GHzで利得18 dB、出力電力1.15 W、電力付加効率12.3 %を達成しました。これらの結果はInAlGaN/GaN HEMTが高周波・高出力アプリケーションに有望な技術であることを示しています。

 PAの広帯域化に向けた設計手法も提案しています。一般的に、PAはトランジスタが並列に配置されるため、インピーダンスが数Ωまで低下します。このような低インピーダンスから、入出力に使われている50 Ωへ広い周波数範囲にわたり低損失で変換する必要があります。我々は、3次元配線構造を用いた結合線路を電力合成器に適用し、電力合成器にインピーダンス変換機能を持たせることで、インピーダンスの変換の緩和と電力合成の両方を実現しました。試作したGaN PAは、中心の周波数とカバーする周波数(0.5~2.1 GHz)の比である比帯域120 %で、200 Wの出力を得られました。出力電力と周波数帯域の積で定義する広帯域増幅器の性能指標は、従来と比べて2倍以上を実現し、広帯域な電力合成ができていることを実証しました。

 今回の受賞を大いなる励みとして、GaNデバイスの高出力・広帯域・高効率化を目指したデバイス開発と回路技術の進化を推進し、エレクトロニクス分野の更なる発展に貢献していきます。

著者略歴:

1999年東北大学大学院工学研究科修士課程修了。同年富士通研究所入社。2009-2010年ジョージア工科大学客員研究員。2014年東京工業大学工学博士。現在、マイクロ波~ミリ波帯アナログ回路の研究開発に従事。電子情報通信学会、IEEE各会員。2006年電子情報通信学会 学術奨励賞受賞。

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