報告
News letter No.190(2023年7月)

「光と電波の融合領域研究とその展望」

(マイクロ波テラヘルツ光電子技術研究専門委員会 委員長) / 菅野 敦史(名古屋工業大学)

菅野 敦史(名古屋工業大学)

5Gモバイルがスタートし毎秒1ギガビットを超える通信がスマホを介して手元で行われるようになって3年弱。リアルタイム高解像動画配信や両眼2KのVR・MRヘッドセットなど大容量性に立脚したコンシューマサービスが一般的になりつつあります。モバイル無線に用いられる搬送波電波の高周波化、信号帯域の広帯域化による無線容量の拡大のみならず、光ファイバ通信の大容量化・低価格化がユーザからの帯域幅需要を下支えしているのは論をまちません。5Gモバイルで一般ユーザへの普及が始まったミリ波高周波無線技術が、Beyond 5G/6G時代においてはさらに高周波化され100GHz以上の搬送波周波数を活用することが大容量化を支える帯域幅として求められ、かつ、革新的な技術進展が期待されるテラヘルツ時代がひたひたとにじり寄ってきています。そんな中、マイクロ波・ミリ波フォトニクス研究専門委員会とテラヘルツ応用システム特別研究専門委員会が合併し、マイクロ波テラヘルツ光電子技術(MWPTHz)研究専門委員会が発足1年を迎えました。取り扱う研究テーマの広範さにニーズがマッチし、今後の応用期待値が高まっているものの、実際の応用・社会実装までは、魔の川、死の谷、ダーウィンの海が深く広く横たわっているのも事実です。その中で、学術的・産業的応用を議論する研究会を代表して、今後の研究開発方向性について私見を述べたいと思います。

通信スタックの構成としてOSI参照モデルが有名です。これは物理層、ネットワーク層など階層毎にインタフェースを定義することができるため、設計・開発・実装に非常に有用な反面、物理層やアプリケーション層などのレイヤー間の分断だけでなく、同じレイヤー、特に物理層内でも研究分野の分断を招いていたと思います。無線は無線、光は光、研究室が違う、そもそも組織が違う……マックスウェル方程式でみれば同じ電磁波なのに、です。近年、その垣根が「学際領域」として取り払われつつあります。学術的なブラインドスポットや新たな研究の広がりの可能性があることも一因ですが、通信においては「オーバーヘッド削減」を極限まで進める必要がでてきたからだと考えています。このオーバーヘッドは遅延や消費電力に直結します。2050年にはネットワークの消費電力が現時点の100倍以上になるとの試算もでており、消費電力削減は喫緊の課題です。近年、消費電力や遅延を低減する技術の方向性として「光電融合」が叫ばれており、IOWNをはじめとしたさまざまな取り組みが進んでいます。しかし、今後の20年、30年を見据えた学術的広がりを考えると、光電融合をさらに一歩進め、光と電波の融合、つまり、全周波数の電磁波を統合・融合して取り扱う研究・技術基盤としてのオールバンド電磁波技術分野の開拓が必須になると考えています。このためには、物理・数学などの科学的道具立ての準備・研究から始まり、材料、デバイスの要素技術だけでなく、それらをまとめるシステム化技術の研究開発が非常に重要です。現在横たわっている各種オーバーヘッドを取り払うにためにもレイヤーの垣根を越えることが最低限必要で、真の意味で分野を超えた連携と協創の実現がキーになります。MWPTHz研専は、電波と光の学際領域を専門分野としている研究会です。その研究を下支えできる十分な歴史的素地もあり、研究専門委員として科学分野から技術・産業、標準化活動まで幅広い人材に参画いただいています。学術的な議論にとどまらず、今後求められる応用・ユースケースを含めた展開・提言ができる研究会だと自負しています。

本年12月にテラヘルツ技術の研究開発の最先端を議論する2種研究会シンポジウム「テラヘルツ科学の最先端X」が開催されます。MWPTHz研専が主幹事として、応用物理学会、日本分光学会、テラヘルツテクノロジーフォーラムと共同で開催する、基礎科学的な取組から応用展開まで取り扱うシンポジウムです。幅広い分野の最先端のテラヘルツ研究を垣間見ることができる機会ですので、是非みなさんご参加ください。

著者略歴:

2005年筑波大学大学院数理物質科学研究科修了、同年筑波大学理工学研究科ベンチャービジネスラボラトリ特別研究員。2006年情報通信研究機構 研究員、光アクセス研究室長等を経て、2022年より名古屋工業大学電気・機械工学教育類電気電子分野 教授。情報通信研究機構 光アクセス研究室上席研究員兼務。光ファイバ通信、マイクロ波フォトニクス、テラヘルツシステム、車載光ネットワークの研究に従事。博士(理学)。

目次ページへ