寄稿
ニューズレター188号(2023年1月)
エレクトロニクスソサイエティ賞受賞記

電磁界理論およびマイクロ波分野サブ波長光学構造の電磁界解析シミュレーション手法およびその応用に関する先駆的研究

大寺 康夫(富山県立大学)

大寺 康夫(富山県立大学)

このたびは栄誉あるエレクトロニクスソサイエティ賞を頂き誠にありがとうございます。受賞対象となりました成果を出せましたのも、大学院生時代からの指導教官であります東北大学・川上彰二郎先生や旧川上研究室の先輩方、仲間達、そして東北大学及び富山県立大学の学生諸君のお陰です。またエレクトロニクスシミュレーション(EST)研究専門委員会の諸先輩方には温かく仲間に加えて頂き、研究会活動を通じて多くのことをご教示頂きました。皆様のご支援に感謝申し上げますとともに、今後も学会活動に貢献できる方法を探って参ろうと思います。
東北大学で学位を取得し同大電気通信研究所で助手として働き始めた直後に、研究室でフォトニック結晶の研究が始まりました。当時のチームには解析、作製プロセス、光学実験と一通りこなせるメンバーが揃っていましたが、それまで比較的シミュレーションに携わる機会の多かった私が解析を主に担当することになりました。当時フォトニック結晶中の光の分散関係の計算法として、転送行列法や平面波展開法など複数の方法が報告されていましたが、プログラミングが比較的容易そう(に見えた)有限差分時間領域法(FDTD 法)が好適ではと判断し、プログラムの開発に着手しました。正に何もないところからのスタートで、信学会誌に掲載された宇野亨先生の論文[1]を手掛かりに、Yee 格子(電界と磁界のサンプル点の配置図)などを学生たちと描きながら組み上げて行ったのを覚えています。
FDTD 法はコア部分のアルゴリズムはシンプルですが、多くの先生方が指摘されているとおり励振や観測といった周辺機能の整備に多大な手数を要します。何とか素子の設計に使える状態が整うまでに数年かかってしまいました。
その後チーム内で(1)フォトニック結晶型偏光子[2], (2)可視結晶と波長板[3], (3)光導波路, (4)多並列波長選択フィルタ[4]などの解析と設計に携わってきた訳ですが、中でも(1)(2)は川上先生及び旧川上研の仲間達が立ち上げた㈱Photonic Lattice にて産業化され、FDTD 法のプログラムも最近まで設計に使われたとのことです。実用化のという点でも、一定の貢献はできたのではないかと思います。
FDTD 法本体の開発の後は、周辺の理論的知見を取り入れることで新たな解析機能の実現も試みました。1 つめは古典導波路理論との連携による高精度化です。導波路理論でよく知られた変分表現が周期構造の固有周波数についても定式化できることが川上先生と黒川兼行先生(元富士通研究所)によって提案されました。それを FDTD 法に組み込むことでバルクのフォトニック結晶、導波路、共振器それぞれのモードの固有周波数の数値誤差を保証できることを実証したものです[5,6]。この成果は FDTD 法の標準的な教科書である A. Taflove の著書で紹介されるなど、当該分野でも有効性が認められたようです[7]。2 つめは複素フォトニック・バンド構造の計算のためのアルゴリズムの提案です。解析対象のほとんどがフォトニック結晶かそれを含む屈折率構造という都合上、FDTD 法の解析空間の端の「境界条件」も周期境界条件、特に端と端で電磁界の位相が所定の量だけずれた「Bloch 境界条件」を多用していました。具体的には波数ベクトル k を決め、解析空間両端の電磁界同士を exp(±jkΛ)で接続します。ここに適当な電磁界を初期条件として与えると自由振動が始まり、その周波数解析でモードの固有周波数が求まるという手順ですが、一般的な FDTD 法では実数の k を持つ波、すなわち伝搬性の Bloch 波しか扱うことができませんでした。この問題を何とか解決できないか試行錯誤を繰り返し、解析空間内の格子配置と観測点の配置、観測点の後処理を工夫することで、減衰性 Bloch 波のバンド構造も求めることに成功しました[8]。これは導波管における遮断モードの分散関係まで求める機能に相当し、このアルゴリズムを利用してフォトニック結晶のバンド端を利用した超高消光比の波長選択フィルタの可能性を見出し[9]、その後の実証実験やマルチスペクトル・イメージングへの応用[10-12]につなげています。なお論文投稿(IEICE ではありませんが)に際しては査読者から全く価値を認めない旨のコメントが寄せられ、大変悔しい思いをしながら再起に向けて改良を繰り返した思い出があります。
2010 年以降、EST 研専への参画以降は新規サブ波長光学構造の提案と光学特性の解明が主な関心事となりました。解析対象に応じて新しい機能を FDTD 法に取り入れ、円形フォトニック・ナノ構造を解析するための BOR(回転対称構造)・円柱座標系混合型解析アルゴリズムの開発や円柱座標系用 CPML の検討[13,14]、導波モード共鳴現象を応用した新規微細構造光ファイバの提案とモードスペクトルの解析[15]、キラルナノグレーティングの特異な偏光特性の解析[16]などに取り組みました。いずれも一筋縄では行かず、完全燃焼まで至らない問題も相当数あり、電磁界解析の難しさを再認識しましたが、EST 研究会で討論頂く過程で大分鍛えられたのではないかと感じます。
前述したフォトニック結晶型波長フィルタは 2004 年の東北大学先進医工学機構での活動中から一貫して研究テーマの柱でしたが、2018 年に富山県立大学に赴任してからはそのマルチスペクトル・イメージングへの応用を専ら進めています。開発してきた FDTD 法のプログラムを活用し、フォトニック結晶に構造揺らぎを導入した場合の効果をシミュレートし、適度な揺らぎの存在によってイメージングに好適な疑似ランダム型透過スペクトルを実現できることを見出しました[11,12]。さらにこうして設計した波長フィルタを試作し、それを搭載した分光イメージセンサも作製し、スペクトル計測の実証実験を実施しています[17]。さらに近年はハイパースペクトルイメージングと機械学習を組み合わせて環境計測への展開を図るなど、スペクトル計測に軸足を置きつつも新たな課題にも精力的に取り組み始めました[18]。
ここまでの活動を総括すると、「一般的な FDTD 法のアルゴリズムに軸足を置きつつ、理論的知見に基づく前処理・後処理機構を工夫して取り入れることで新規光学現象(特にサブ波長構造)を再現し、得られた特性を試作を通して実証、実験研究に応用する」となるかと思います。
FDTD 法は電磁気学の学習にも最適な教材で、種々の改良を行う過程で学生時代に触れた電磁気学の公式や法則の重要性を再認識したり、理解が深まったりすることを多々経験しました。幸い、近年は取り掛かりの容易なプログラム言語も出てきましたので、今後は学生の教材としても活用できないか考えてみたいと思っています。
最後になりましたが現在までご指導・ご鞭撻を賜りました川上彰二郎先生、Photonic Lattice の方々、EST 研専の皆様、そして日夜共に研究を進めてきた学生諸子に改めて感謝申し上げます。

文献:
[1] 宇野亨, 信学誌 80(2), 184-191, 1997 年 2 月.
[2] Y. Ohtera, T. Sato, T. Kawashima, T. Tamamura, and S.Kawakami, “Photonic Crystal Polarization Splitters,”
Electron. Lett. 35(15), 1271-1272 (1999).
[3] 佐藤尚他, 信学論 C-I, J82-C-I(9), 572-573 (1999).
[4] Y. Ohtera et al., J. Lightwave Technol. 25(2), 499-503(2007).
[5] Y. Ohtera et al., IEEE J. Quantum Electron., 38(7),
919-926 (2002).
[6] Y. Ohtera et al., J. Lightwave Technol., 22(5), 1628-1636(2004).
[7] In A. Tavlove and S. C. Hagness, Computational Electrodynamics: The Finite-Difference Time-Domain Method (3rd edn.), Artech House, Boston, 2005; Sec.16.13.
[8] Y. Ohtera, Jpn. J. Appl. Phys., 47(6), 4827-4834 (2008).
[9] Y. Ohtera et al., Photon. Nanostruct. Fundamental. Appl.,7(2), 85-91 (2009).
[10] M. Mitsuhashi, et al., Opt. Lett., 39(18), 5301-5304 (2014).
[11] Y. Ohtera et al., Appl. Opt., 58(12), 3166-3173 (2019).
[12] Y. Ohtera et al., Appl. Opt., 59(17), 5216-5225 (2020).
[13] 大寺康夫, 信学論 C, J100-C(2), 45-52 (2017).
[14] Y. Ohtera et al., IEICE Trans. Electron., E97-C(07), 653-660 (2014).
[15] Y. Ohtera et al., Opt. Lett. 38(15), 2695-2697 (2013).
[16] Y. Ohtera, “Numerical analysis of artificial optical activities of planar chiral nano-gratings,” IEICE Trans. Electron. E97-C(1), 33-39 (2014).
[17] Y. Ohtera et al., Opt. Rev., 29, 140-152 (2022).
[18] Y. Ohtera, ODF’ 22, P-OTh-24, Sapporo, August 4th,2022.

著者略歴:
1997 年東北大学大学院工学研究科博士後期課程修了、同年同大電気通信研究所助手。2001 年東北大学未来科学技術研究センター研究員、2004 年同大先進医工学研究機構助教授・タスクチームリーダー、2008 年同大工学研究科准教授。2018 年より富山県立大学工学部教授、現在に至る。FDTD 法によるサブ波長構造の電磁界シミュレーション、マルチスペクトル・イメージングデバイスの研究開発、機械学習を利用したマルチスペクトルデータの解析に関する研究に従事。1998 年本学会エレクトロニクスレター論文賞、2001 年安藤博記念学術時奨励賞、2009 年コニカミノルタ画像科学奨励賞、2022 年本学会教育功労賞受賞。応用物理学会、日本分光学会、Optica 各会員。

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