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大学における技術者教育と改革の方向
電子情報通信学会会誌2001年1月号 特集「21世紀を展望する」
Engineering Education and Movement towards Its Innovative Reform, in Japanese Universities

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などに対する対応が重要である。審査チームも認定申請する側も、これらを十分に理解して、認定申請と認定審査を行わなければならないことになる。そのため、JABEEとしては学協会の全面的協力を得て、審査員を養成することが不可欠となっている。この試行の期間に、審査員養成のための研修会の開催、講師の招聘、外国への研修派遣なども積極的に企画している。特に、JABEEは将来ワシントンアコードに加盟し、技術者教育の国際同等性を確保することを目指していることから、アクレディテーションついて1930年代からの歴史を持つABETからの講師を招聘し、2000年7月29日午前9時から30日午後4時まで、審査員養成研修会を幕張新日鉄研究所で開催した。それには、JABEEの基準・審査委員会委員、学協会からの委員合わせて約100人が参加した。本学会からは私の他に田中良明(早大)、三木哲也(電通大)、持田侑宏(富士通研)、笹瀬 巌(慶大)、石井六哉(横国大)、牧野光則(中大)の方々(いずれも本学会JABEE対応委員会委員)ならびに、堀 俊和(NTT)、田坂修二(名工大)、栗岡 豊(近畿大)の方々(いずれもJABEE試行の審査員)が参加した。

2001年9月から米国における大学のすべての工学教育プログラム(engineering programs)の判定基準に採用されるABET Engineering Criteria 2000(EC-2000)の認定プロセスについて説明を受けた(EC2000についてはIEEE Spectrum(文献3)に記事があるので、参照)。

研修終了後開催されたJABEE基準・審査委員会では、EC-2000と同様な考えで、JABEEの試行を原則的に実施することが決められた。それは、既に審査の要点として述べたこと、すなわち「成果(outcome)ベースの考え」である。それは、「社会(産業界その他)のニーズを十分に分析・考慮し、プログラムの教育目標を掲げ、それぞれの受け入れ学生の資質(基礎学力レベル等のばらつきを含む)を考慮した独自の教育システムを用意し、教育目標に整合した教育成果を達成しているか(プログラムを修了した学生がすべて、プログラム提供側で独自に設定・明示した水準を満たしているか。なお、教育成果の最低レベルはJABEE側で基準設定しない)、またそれを常に、学外委員の意見も取り入れ、チェックでき、問題点があれば改善できるメカニズムを保持しているか」をプログラム提供側で設定・明示・証明することを求めている。

JABEE側はそれが妥当であるかを審査する。もしプログラム修了の学生の水準(教育成果)が社会(産業界その他)のニーズに適合するものでないならば、その学生もプログラム提供側も社会的に受け入れられなくなる。このように、「社会に受け入れられない教育プログラムを提供すれば、社会的に自然淘汰される」という方針に対して、「教育の質的保証がなされるか」という疑問が生じていないわけではない。我が国では技術士法が改正され、「JABEE認定プログラム修了者は1次試験免除で修習技術者になることになった」のであるから、各プログラムが設定する成果の水準は1次試験受験合格で修習技術者になるもののレベル以上の品質を保証するものでなければならないことは明らかである。また、我が国の大学、学部、学科等の機関はすべて大学設置・学校法人審議会の設置認定を受けた段階で、教育組織ごとに、それが提供する教育の質と、その質を維持・向上する組織的メカニズムが審査され、(工学部や理工学部に限れば)平均的に7,8年に一度の割合で「工学視学」され、設置基準を満たされているわけであるから、各プログラムが設定する成果の水準は設置基準充足の意味で質の保証された「学士レベルの基礎教育」を満たすものとなるはずである(これは私の予想)。

しかし、その水準は、分野によって異なり、また時代と共に変化するため、記述によって具体的に明示することはできないものである。JABEE副会長の大橋秀雄氏のいうように、今後認定の作業そのものを通して、教育側と認定側が描く水準が次第に狭い範囲に収斂し、結果として共通の水準による品質保証が実現されるだろうと期待されている。認定の試行を通して、また、本格的認定作業を通して、この水準の問題は常に注視されるだろう。

 2回目のJABEE審査員養成研修会は2000年10月8,9日に幕張新日鉄研究所でABETから講師が招聘され、開催される。これからは、JABEEは、学協会の協力を得ながら、質の保たれた審査員を継続的に養成するシステムを立ち上げることになる。

4.学会での対応

JABEEの設立によって、専門別の教育・研究者と技術者の集団である学協会が技術者 教育の共通基準と分野別基準の設定、認定審査作業、審査長・審査員の養成において主体的役割を果たすことになった。本学会では、JABEE対応委員会(委員長:秋山 稔氏)で種々対応して行く。

分野別基準はその分野の関連学協会において内容検討し、JABEE基準・審査委員会で承認・決定することになり、「電気・電子・情報通信とその関連分野」の分野別基準案は本学会と電気学会との共同で、「情報及びその関連分野」の分野別基準案は情報処理学会と本学会(情報・システムソサイエティ)との共同で、それぞれ作成することになった。「電気・電子・情報通信とその関連分野」の分野別基準については本学会JABEE対応委員会で原案を作成し、電気学会の対応委員会との調整を経た合意版)が2000年9月28日のJABEE基準・審査委員会で承認・決定され、分野別基準バージョンV2.0としてJABEEのホームページに掲載されている。それは試行に向けてのもので、本格的認定作業に入るまで今後も、必要に応じ、見直しが続けられる。以下に記述されるものは、ABET(2000年10月に、CSABがABETに正式に合流)での新しい分野別基準「Program Criteria for Electrical, Computer, and Similarly Named Engineering Programs (Submitted by The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc.;付録3を参照) を考慮して、分野別基準V2.0に若干の修正を加え、「電気・電子・情報通信及びその関連分野の分野別基準」として、近く本学会JABEE対応委員会と電気学会の対応委員会との調整を経てから、JABEEの基準・審査委員会の承認を得るための案である。

電気・電子・情報通信及びその関連分野の分野別基準(案)

この基準は,電気・電子・情報通信工学の一般または特化された領域(電気電子工学、情報通信工学、エレクトロニクス、計測制御・システム工学、またはその他類似の領域)の技術者教育に対するプログラムに適用される。
1.教育内容

1)教育内容の構造はその名称によって意味される工学領域の広さと深さを与えるものでなければならない。

2)プログラムはその修了者が次のものを身に付けていることを示さなければならない。

  1. プログラムの名称と目標に合った応用への確率・統計の知識

  2. プログラムの目標に適合するデバイス、ソフトウエア、ならびに、ソフトウエアとハードウエアが組み込まれたシステムを解析・設計するのに必要な数学(内容的に、微積分、微分方程式、線形代数、複素関数論、離散数学を含む)、基礎科学、情報処理ならびに基礎工学の知識

  3. プログラムの目標に適合する実験を計画・遂行し、データを正確に解析し、工学的に考察し、かつ説明する能力

  4. プログラムの目標に適合する課題を専門的知識、技術を駆使して探求し、組み立て、解決する能力

  5. プログラムの示す領域において、技術者が経験する実際上の問題点と課題を理解する能力
2.教員

  1. 教員団は,大学設置基準に準拠していること。
  2. 教員団には,プログラムの示す領域に関連した事業に関わる実務について教える能力を有する教員を含むこと。

この分野での「実務について教える能力を有する教員」については専任、兼任、非常勤を問わない。なお、大学設置基準に記述されている教員の資格については付録に記載しておく。この分野に属する申請プログラムの審査は本学会または電気学会で担当することになった。電気・電子・情報通信工学の一般または特化された領域(電気電子工学、情報通信工学、エレクトロニクス、計測制御・システム工学、またはその他類似の領域のうち一つ)の領域の選択ならびにその領域に属するプログラムの内容明示については、プログラム提供側でなされるものである。

しかし、それだけでは領域についてのイメージが湧かないという指摘もあるので、本学会JABEE対応委員会では、分野別基準の補足説明として、参考という意味で、それらの領域を説明する内容例について検討されている。電気・電子・情報通信工学の一般は、「電力工学、エレクトロニクス、情報通信工学等をある程度網羅し、バランス良くそれらの基礎・境界となる能力・技術を修得させ、それらの修得後、電気・電子・情報通信工学のどの特化された領域へも進むことを可能とさせる工学領域」であるとし、その領域に属するプログラムの内容例については、電気電子の領域のプログラム内容例とともに、本学会JABEE対応委員会の石井六哉委員と荒川 薫委員と電気学会の対応する委員会委員に中心となって作成して頂いている。また、エレクトロニクスの領域のプログラム内容例については、鳳紘一郎委員と庄子習一委員に中心となって作成して頂いている。これについては、プログラム審査担当を含め、応用物理学会との調整が生まれるかもしれない。また、計測制御・システム工学の領域については、JABEE基準・審査委員会の方の結論として当面機械系と電気・電子・情報通信系のそれぞれに含め、分野として独立させないことなった。現在、計測自動制御学会から分野別基準(案)が出ているがあくまでも試行に限定したものであり、関係者に誤解が生じないように注意する必要がある。

なお、その領域のプログラム内容例の検討ならびにプログラム審査担当は計測自動制御学会や電気学会産業応用部門で行われることになると思われる。また、情報通信工学の領域とプログラム内容例については、2000年度に試行が行われるプログラムが関係することもあって、三木哲也委員、笹瀬 巌委員ならびに田中良明幹事に中心となって検討して頂いている。そこでは、情報通信工学の領域は、「情報の表現、伝達、加工などに関する要素技術、およびそれらの組み合わせによって実現されるシステム技術を扱う工学領域」であるとし、その領域の根底にある問題意識は「情報をいかに正確に表現し、電気信号や波動を媒体としていかに効率よく伝達し、情報の利用目的に応じていかに適切に加工するか」にあるとし、プログラムの内容例が検討されている。

また、「情報及びその関連分野」の分野別基準は、本学会と情報処理学会との話し合いで、情報及びその関連分野(Computer Engineering, Computer Sciences, Software Engineering, Information Systems、またはその他類似の領域)の技術者教育に対するプログラムに適用されるもので、電気・電子・情報通信及びその関連分野の分野別基準(案)と同様な形式のもの(文言は未調整で、これから修正される)になり、申請されるプログラムの審査は情報処理学会または本学会(情報・システムソサイエティ)の担当となることも合意された。情報及びその関連分野を特徴付ける領域としてのComputer Engineeringの内容例は本学会JABEE対応委員会の小平邦夫委員と中嶋正之委員が中心となって検討・作案され、残りのComputer Sciences, Software Engineering, Information Systemsの内容例は情報処理学会の方で検討・作案され、本学会のJABEE対応委員会に提示され、調整されることになっている。現在試行用としてJABEEのホームページにある分野別基準(案)の「情報処理および情報処理技術関連分野」は、合意前の情報処理学会作成案で、上記Computer Sciencesの内容例に相当するものである。

 なお、国際整合性の立場からは、「電気・電子・情報通信及びその関連分野の分野別基準」と「情報及びその関連分野を分野別基準」を別個に作るのではなく、CSABが2000年10月にABETに正式に合流して作られた分野別基準「Program Criteria for Electrical, Computer, and Similarly Named Engineering Programs (Submitted by The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc.;付録3を参照)のように、JABEEでは分野別基準を一本化し、「電気・電子・情報・通信及びその関連分野の分野別基準(仮称)」とすべきと思われる。本学会JABEE対応委員会としては基本的には一本化の方向が最も望ましいとしている。しかし、現在の二本立て分野別基準は、情報処理学会の強い希望による。

 現在、本学会JABEE対応委員会では、このような分野別基準の設定の他に、プログラム認定の試行を通して、審査基準、自己点検報告書のフォーマット、審査方法、審査長・審査員養成などについて問題点を洗い直し、JABEEの運営委員会、基準・審査委員会、総務委員会と連携・調整を図りながら、2002年4月以後に向け、より望ましい認定基準、認定作業の実施システムの模索に努めている。今後は、JABEEとの連携を図りながら、質の保たれた審査長・審査員を本学会内で養成する研修システムを作り上げることが急務となろう。これは本学会の大学等高等教育機関の教育への参加を意味し、本学会の社会的役割において新しい位置付けをもたらしたことを示している。

 認定をする側がJABEEで、認定される側が大学等高等教育機関である。JABEEが行う認定制度は「店を開けば客が来る」という発想を認定される側に感じさせてはならない。客が来たくなる店、認定される側が認定審査を受けたくなるようにすることが必要で、学協会は審査をする側に位置している(本学会では、審査長・審査員を会員から、大学等高等教育機関、産業界および行政機関等のバランスを考慮して、選び、研修を通して養成し、プログラム毎にJABEE基準・審査委員会で承認を得、割り当てる)こともあって、その責任も大きい。なお、審査員の資格(案)は、

1) 各分野に所属する学協会の会員であること

2) 40歳以上で、各分野に所属する学協会に精通し、当該分野に適切な専門能力を有すること

3) 各分野の技術者教育に精通し、その継続的改善に熱意を持っていること

4) 認定基準、認定および審査方法と自己点検書のないように精通していること

5) 審査員に必要な分析能力とコミュニケーション能力を有し、審査倫理を十分わきまえていること

6) 審査員としての充分な意欲を持ち、JABEEあるいはJABEE会員学協会が主催する研修会などで適切な訓練を受けること。

とし、審査長は、試行や立ち上げの段階を除いて、審査員の経験を一度以上あることが要求されている。 5年後の本学会JABEE対応委員会の活動がどのようになっているか、現時点で希望と期待を述べることができても、予測することは難しい。それほどに、どの学協会も、JABEE自体も、「歩きながら考える」という感が拭えない、慌しい準備状況である。

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