ICDについて

勢いをつけよう

集積回路研究専門委員会 委員長

山村 毅(富士通研究所)

  昨今、アベノミクスのおかげで、ようやく日本も「勢い」がついてきたと感じられている方が多くいらっしゃると思います。30年以上の半導体産業における経 験の中で、筆者はこれまで3度の猛烈な「勢い」を経験してまいりました。最初の猛烈な「勢い」は、1980年代の日本の半導体産業の「勢い」です。飛ぶ鳥 を落とすとはまさにこのことを言うのだと思えるくらい、基礎研究から製品開発まで半導体産業は活況を呈し、世界中の国々が日本の半導体産業にたよりなが ら、同時に虎視眈々と日本を追い抜く施策を研究していた時代でもありました。幸運にも、筆者は1990年代の米国シリコンバレーと2000年代の中国北京 と2度の駐在を経験し、そのいずれもが、両国において最も「勢い」のあった時代でした。 1990年代の米国は、ダウンサイジングとネットワーキン グの掛け声のもと、サン・マイクロシステム、シスコと言った当時の新興企業が急成長を遂げている時代でした。たとえばシスコはタスマン(通称シスコ通り) と呼ばれる通りに、雨後の竹の子のごとく、ほぼ毎月のように特有の肌色の外観を持った新しいビルを建設していました。逆にエクセレントカンパニーの代表格 であったIBMのような垂直統合型の巨大企業が倒産の危機に陥る状況でした。 その後IBMはマネイジメントを一新し大変身し不死鳥のごとく復活しました。   2000年代の中国は、北京オリンピックに向けて、国の威信をかけて経済の成長を推進していた時代です。経済成長率は年率10%を超え、北京の街並みは毎 月のように変化し、その変化の度合いは、たまにいらっしゃる出張者に、まるで別の国に来たみたいだと言わしめるほどでした。多くの中国人が自信をお持ちで した。中国は1978年にトウ小平による改革開放政策の実施以来、各種施策により30年以上にわたり急成長を遂げてきたわけですが、当時いたるところで感じ られる「勢い」は、すさまじいものでした。

 もちろん「勢い」をつけるためには多くの条件をクリアしている必要があります。 たと えば市場、人材、知識、資金などの基本的なインフラが整っていなければ、決して「勢い」は生まれないでしょう。逆に、これらの基本的なインフラがそろって いれば、一度火がつけば「勢い」は生まれてきます。現在の日本がまさにそのような状況にあると言えます。現在の日本の集積回路の研究・開発には、80年代 のような「勢い」があるとは申せません。しかしながら、この2年間、集積回路専門委員会の主催する研究会に参加し、状況を俯瞰した結果、日本における集積 回路の研究・開発には未だに多くの基本的なインフラが整っていると確信いたしました。たとえば、集積回路の応用分野は環境・医療・エネルギーなどの新しい 分野を含め、世界中の国々で今後もますます拡大します。その中で日本企業は重要な位置を占めていきます。日本の企業・大学・研究機関には世界でも通用する 優秀な技術者・研究者が多数いらっしゃいます。それらの方々は多くの最先端の知識・経験をお持ちです。製造の負担が減少し、今後は集積回路の設計により多 くの資金を投入できるようになります。これらはマグマとして地上に吹き出すのを待っている状態だと感じております。

 集積回路研究専門委 員会は、エレクトロニクスソサエティーの他の研究専門委員会のご協力をいただきながら、毎年12回以上の研究会を開催しております。70名以上いらっしゃ る専門委員の皆様と協力し、これらの研究会において、毎回ホットなトピックスを提供し、企業・大学・研究機関の皆様による活発な議論を通して、日本の集積 回路の研究・開発、ひいては半導体産業に新たな「勢い」をつけていきたいと考えております。是非皆様ご積極的な参加をよろしくお願い申し上げます。