趣旨
有機材料は主として電気絶縁材料として用いられてきたが、1990年代頃より、液晶デバイスがディスプレイの主役となり、さらに2010年代末には有機ELがディスプレイの双璧となったことからも、
有機材料の基礎的物性の解明や材料科学をベースとした新規の高性能材料の開発が概念を異にする画期的な技術への道を拓くことになることが分かる。
2 nm プロセスのノードサイズはまさに有機分子1個分の大きさに相当する
21世紀初頭より、限界の見え始めたSiや無機半導体を用いた超高集積半導体素子に替わり得るものとして、有機半導体分子が考えられ、分子構造、高次構造の制御によって
性能向上がはかられるものと期待される。
半導体集積回路に用いるトランジスタのゲート長となるテクノロジーノードは現在 3 nm程度が最小で、次世代半導体としてさらに高密度な「2 nm 」プロセスを製品化する動きはすでに始まっており、
海外の研究機関では 2 nmプロセスの成功例も報告されている。
例えば、近年、目覚ましい性能向上を果たしてきた可溶性の有機半導体を例にとると、
最初のFETの報告があった1980年代の10-6 cm2V-1s-1台だったものが、2020年代には 10~100 cm2V-1s-1までに向上している。
可溶性半導体は導電性を有する 1 nm程の大きさのコアと、可溶性を有する長さ1~2 nm の側鎖からなり、側鎖の末端を分子修飾すれば金属や酸化物に安定に固定することができる。
コアの移動度はグラフェン並み、すなわち Siをはるかに凌駕する可能性を秘めるが、マクロなデバイスでは分子間の電子移動が遅いために移動度が低下していたが、次世代 2 nmプロセスと組み合わせることで状況が一変する可能性がある。
また、分子コアに導体・半導体部位を組み込んだ半導体デバイスの他に、いわゆる有機分子固有の分極性部位と絶縁体部位を融合した有機誘電体分子を用いて有機分子1個からなる分子メモリーの実現の可能性も高まっている。
このように有機電気電子材料に関する基礎科学的な研究、そこからもたらされる新しい応用の発想、概念が電気電子工学・ 産業分野に画期的な飛躍をもたらすものとして期待される。
エネルギー分野にも貢献する有機・分子エレクトロニクス
また、太陽電池やマイクロ発電分野においても、有機材料に注目が集まっている。
1980年代まで 1 %にも満たなかった有機系薄膜太陽電池の電力変換効率は、色素増感型太陽電池、バルクヘテロ接合型有機薄膜太陽電池、ペロブスカイト太陽電池の登場と、
特に2010年以降の材料・デバイス技術の発展により、有機薄膜太陽電池とペロブスカイト太陽電池では20%を超える例が次々と出ており Siと双璧をなすまでになりつつある。
これら有機系薄膜太陽電池ならではの低温・塗布プロセスや、柔軟なフィルム基材上の作製と実用化が進むことで様々な応用展開が期待される。
さらに、軽くて薄くて柔軟な高分子圧電材料や有機誘電体とナノ材料とを組み合わせた摩擦帯電現象を用いた振動発電や摩擦発電、あるいはセンサ応用技術は、
これまでとは全く異なる切り口のエネルギーハーベスティング(環境・マイクロ発電)技術やIoT技術としても期待が高まっている。
21世紀に幅広い展開が期待される有機エレクトロニクス・分子エレクトロニクス
上記に加えて、光通信技術や光記録、バイオセンサやバイオチップ、ガス・イオンセンサ、有機膜センサやナノカーボンなどの分野の発展においても有機材料の制御と理解は大きな役割をになっている。
すなわち、有機材料やナノ分子材料を積極的にエレクトロニクス分野に活用する有機エレクトロニクスを展開することにより「有機分子素子工学」という
新しい学問体系を発展させ、更に“電子の流れや分極現象を制御する機能を個々の分子に持たせ分子サイズの素子を作製する”ことを目的とした
「分子エレクトロニクス」という究極的なエレクトロニクス技術の開拓に貢献する。
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