■3. 「それらしい」ことと「そうである」こと |
■4. 数値シミュレーションはなぜ風洞を駆逐できなかったか? さて,本題に戻ろう.最初に述べたようなコンピュータや数値計算法の急速な進歩があったにもかかわらず,なぜ風洞は駆逐されなかったのだろうか?その鍵は「そうである」シミュレーションの難しさが握っている.数値シミュレーション技術は,確かに長足の進歩を遂げたが現在でも幾つかの課題を克服できないでいる.最も大きな課題が信頼性である.風洞試験は「もの」に対する実験という意味で確実に物理現象を再現している.これにうち勝つためにはより正確に現象を記述できる方程式を作り,これを「精度良くシミュレーション」することが必要である.「それらしいシミュレーション」と比べ,「そうであるシミュレーション」には実は気が遠くなるほどの難しさがある.ファミコンのゴルフゲームのボールの飛びは瞬時に画像が出てくるが,ゴルフボール周りの流れのシミュレーションにはスーパコンピュータを利用しても数百時間を要し,ボールのフライトを予測するには更にその数倍から数十倍の計算時間が必要,いやそれでも正確なシミュレーションはできない.最近,理化学研究所の姫野龍太郎情報環境室長が図2に示すような野球ボール周りの流れのシミュレーションを行い,変化球の分析をしている.縫い目が見えるまで詳細な数値シミュレーションを行い,ボールの変化に対して多くの有用な知見を得ることに成功している.しかしながら,これをもってボールはこう変化すると断定的にいうことはいまだにできない. 図2 野球ボールの周りの流れの数値シミュレーション (理化学研究所姫野による) 数値シミュレーションにおける信頼性の不足を補うためには二つの要素が必要となる.精度を向上させるためには圧倒的に計算機のパワーがものをいう.したがって,計算機性能の向上は一つの大切な要素である.二つ目は経験の蓄積である.風洞にもいろんな誤差が存在するが,過去数十年にわたる経験から信頼範囲や誤差の性質が熟知され,信頼できる存在となっている.実用的な数値シミュレーションはまだ歴史が浅く,これから数十年の経験を経て,風洞と同じような信頼性を獲得していくと予想される.そのためにはソフトウェアの普及や信頼性の確保に今後の研究の重点を移していくべきだろう.専門家のためのシミュレーション技術からだれでも使える技術へ─である. 実は忘れてはいけないことがもう一つ存在する.どんなに計算機が速くとも,どんなに素晴らしい計算法があっても,どんなにきれいな画像が出せようとも,数値シミュレーションに利用している物理法則(基礎方程式)が正しくなければ結果は「そうである」シミュレーションを意味しない.物理法則の選択は研究者の物理的な経験に基づいた直観力で決まり,そこでは現象の本質をとらえる眼力が要求される.利用する人間が物理現象を理解していないと数値シミュレーションは正しい道具とはなり得ない. 余談になるが,「それらしさ」を追求すると実は「そうである」シミュレーションに基づいたアニメーションに行き着く.前出のようなテレビでお目にかかるCGで作られた「人が走る姿」は必ずしもそれらしく見えないが,それは物理現象が忠実に再現されていないからである.よりそれらしい画像を作るには正しい物理法則に従った運動を計算すればよい.現象を正しくシミュレーションして得られるデータに基づいてアニメーションを作成すれば,当然のことながら「それらしく」見えてくる.これからのCGアニメーションはこういった方向に変化するであろう. |
(C) Copyright
2000 IEICE.All rights reserved.
|