日本は世界第6位の海洋面積(領海+排他的経済水域)を有する海に囲まれた国家であるが、主たる海洋産業は運輸、造船、漁業・養殖であり、いずれも右肩下がりの発展状況である。しかし、海を含めた国土の水域には多くの産業ポテンシャルがあり、少子高齢化に対応した無人化による水域サービス産業は2025年には2兆円規模の市場となるという予測がある。無人化に重要な手段はロボット化と遠隔監視・操縦のための無線化である。海中を含めた水域の通信、測位、テレメトリ手段は現在のところ古典的な手法を用いた音響に限定されている。水域のサービス産業を創出・発展させるためには、音響技術の先鋭的な研究はもとより、海中で電磁波や光の応用研究により、近距離の超高速通信や、地形が複雑なエリアでの安定した測位や通信を提供できるようになる。一方、経済活動にインパクトのある地球環境問題の多く(温暖化、窒素循環、生物多様性、海のプラゴミなど)が海洋に係わっている。水中の環境調査と対策活動にも、通信・測位・テレメトリは重要な手段であり、水中音響では提供できなかった手段を講ずることが可能となれば、不可能であった環境調査等が実現できるようになる。
これらの水中無線技術は、日本においては僅かな研究者が携わるニッチな領域であった。例えば海中電磁気の研究は1980年代に行われて以来、携わる研究者もなく大きな進捗はなかった。海中光技術は青色半導体光源の出現までは、まったく現実味の無い分野であったが、2005年頃から高性能な青色光源があらわれ、海中光通信を手がけようとする企業が国内に何社か現れた。しかし、基礎技術が確立していなかったために、海中での実用品の販売までは行われなかった。水中音響は従来技術の継承により、国内でもソナーや通信機を細々と販売している企業はある。しかし研究者数は少なく大きな発展が最近までは無かったが、位相共役波の応用など新技術が2000年代に入ってから現れ、海中音響通信の長距離化や高速化が現実味を帯びてきた。この数年の日本経済の低迷とともに新たなフィールドに目を向ける研究者が増加したおかげで、水中無線技術を研究題材にしようとする研究者が増えている。新たな海中産業を興すための応用研究から開発に取り組むには、基礎技術を体系化することが非常に重要である。そこで、新産業創出を見据えたストーリをベースに、水中無線技術の研究に組織的に取り組むために、本特別研究専門委員会を設立する。