解説論文 
共進化するテラヘルツ無線技術と人間拡張工学

小特集
第6世代移動通信システム(6G)の実現に向けての取組み

共進化するテラヘルツ無線技術と
人間拡張工学

Co-evolution of Terahertz Wireless Technology and Human Augmentation Technology

門内靖明 Yasuaki Monnai† 

村本剛毅 Goki Muramoto† 

矢崎武瑠 Takeru Yazaki† 

内藤竜治 Ryuji Naitou† 

齊藤寛人 Hiroto Saito† 

前川和純 Azumi Maekawa† 

稲見昌彦 Masahiko Inami† 

Summery 身体内外の体験を高精細に記録する計測(例えば360°カメラ,ライトフィールドカメラ,ハイスピードカメラ,モーションキャプチャ,超音波エコー,多点生体電位計測,BMI等)は空間的にも時間的にも大容量のデータを生成する.筆者らは,このようなデータに基づいて構築される人間拡張工学と,そのデータを高速・大容量に無線伝送するテラヘルツ無線技術とが共進化すると考え,テラヘルツ波の変調や伝送に関する技術基盤から人間の認識行動を拡張する応用技術まで通貫した研究開発に取り組んでいる.本稿ではその取組みの現状と展望を解説する.

Key Words 身体情報学,人間拡張工学,テラヘルツ波,Beyond 5G/6G

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はじめに

「ラスト・ワンマイル」と称される通信インフラのボトルネックを解消することは,5Gまでの無線通信の発展の指導原理であり,これによって高品質な映像を高速ストリーミング可能な通信環境が整備されてきた.肉眼では見えない時空間を越えた世界や仮想世界を可視化する映像メディアは人間の視覚を拡張する役割を果たし,視力限界である約120 ppd (pixel/degree)をベンチマークとして8Kまで高解像度化・大容量化されてきた.このような映像メディアによる視覚の拡張と無線通信の高速化・大容量化の間には相互に促進し合う共進化関係を見いだすことができる.

しかし,映像メディアが人間の視力限界に迫る今後,この共進化は停滞を迎えることになるのだろうか? 現在よりも更に高速大容量・低遅延・多数接続可能な無線通信は我々に何をもたらすのだろうか? 筆者らは,ここで鍵になるのが人間拡張工学であると考える.人間拡張工学では,センサやディスプレイ,アクチュエータなどのデバイスを身体上あるいは身体周辺に配置し,神経系のように機能するネットワークを構築することで,拡張的な感覚器・運動器として機能させる試みがなされている(1).これは映像メディアによって,言わば潜在的に行われていた感覚の拡張を,随意で能動的な身体としての拡張に引き上げる試みと捉えることができる.そして,その技術基盤となる無線通信には,現実と等価な知覚情報を得るための高品質性に加えて,自己と他者及び環境の間にインタラクションを確保するための双方向性と低遅延性が求められる.身体周囲の1 m程度の領域は自己近傍空間(ペリパーソナルスペース)と呼ばれ,身体と周囲の物体や環境,及びそれらに対する行為を結び付ける知覚にとって特に重要である(2).各人の身体を起点とするこの「ファースト・ワンメータ」(最初の1 m)を高速大容量・低遅延な無線通信でカバーできれば,環境や他者から感覚情報を受信するだけでなく,環境や他者に生体情報や運動情報を送信できるようになり,自己近傍空間も物理的な制約を超えて拡張されると考えられる.

知覚の総体としての体験に伴う情報は大容量データとなる.そのため,ファースト・ワンメータにはそれを伝送可能な無線通信が必要となる.ここで,身体的な体験をデータ量の観点から捉える手掛かりとして「百聞は一見にしかず」という言葉を考えてみる.視覚は左右2個の眼の中にメガピクセルのセンサがあるが,聴覚は左右2個しかない.一方で,聴覚は20 kHz程度の周波数まで検出できるが,視覚は通常10 Hz程度である.つまり,空間的な分解能は視覚の方が6桁高く,時間的な分解能は聴覚の方が3桁多い.時間分解能と空間分解能の積を考えると「千聞でようやく一見」と釣り合いそうであり,同じ時間幅の動画像ファイルと音声ファイルのサイズが3桁ほど異なることは日常的な経験とも符合する.

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東京大学先端科学技術研究センター,東京都

Research Center for Advanced Science and Technology, The University of Tokyo,153-8904 Japan