開発物語
4K8K放送映像フォーマットの開発

開発物語

4K8K放送映像フォーマットの開発

リーダー電子 
菅原正幸 Masayuki Sugawara

1.はじめに

衛星による4K,8K放送が開始されてから,4年以上が経過し,少なくとも4Kはコンシューマ用映像でも珍しくないフォーマットとなりつつある.表1に,4K8Kの映像フォーマットのパラメータ(ITU-R勧告 BT.2020 (2012))をハイビジョンのそれ(ITU-R勧告 BT.709 (2015))と比較して示す.一見,4K8Kの語源である画素数以外に大きな違いがないようにも見えるが,その違いは,機器や設備に,そして何よりも映像体験に小さくない違いを生み出す.本稿では,そのような映像フォーマットのパラメータ値(文末の用語参照)がどのように決められたかを軸に,4K8K放送の開発を振り返ってみたい.

2.前史:テレビ解像度向上の歴史

およそ100年前にJohn Logie Bairdや高柳健次郎によって,デモがなされてからのテレビジョンの歴史は,ある面,解像度向上の歴史と言える.1950年代に走査線*1数が525本と625本に到達し,安定するまでは,技術の進歩を活用して走査線数の増加が度々行われていた(1).言い方を換えれば,走査線数が500〜600本となることにより,広く普及するようになり,広く普及することにより,簡単に走査線数を含む規格を変更することはできなくなった.これを現在は,標準テレビあるいはstandard-definition television(SDTV)と呼んでいる.

これに挑戦したのが,ハイビジョン,世界的にはhigh-definition television(HDTV)である.なお,前述のSDTVに至る過程で解像度を向上させたシステムの幾つかはhigh-definition televisionと呼ばれたが,ここでは,走査線数が1,125本のものを指すこととする.日本について言えば,SDTVの(地上)放送開始が70年前の1953年であり,HDTVをサービスする地上デジタル放送の開始が20年前の2003年であるから,SDTVの時代は50年間続いたことになる.

ハイビジョンの研究は,NHK放送技術研究所(NHK技研)において1964年に始まったとされる(2).これは,同年の東京五輪におけるテレビ技術が一つの到達点を見せたことから,研究として新たに取り組まれたものである.そのときの基本コンセプトが「臨場感」であり,具体的な放送システムとして大画面テレビが有望であるとされ,研究の結果,方式として導かれたのがハイビジョンである.

1991年のBS-9chによる試験放送まで30年近く,2000年のBSデジタル放送や2003年の地上デジタル放送までは,研究開始から40年近く要したことになり,テレビジョンシステムの研究開発や先行するシステムからの移行には長い時間が必要であることが分かる.

ハイビジョンの研究では,差渡し1m以上の画面を,その横方向を見込む角度(視角)が30°程度になる距離から見ることを目標とした(2).その結果,走査線数はおよそ1,000本必要であること,大画面では横長が好まれることから,アスペクト比を5:3程度にすることを骨格として,具体的な映像パラメータが定められた.………

*1 テレビジョンの走査については、多くの書籍,Webサイトで解説されている.ここでは,例として映像情報メディア学会のサイトにある「講座: 基礎からの画像符号化 [第1回] 画像信号の基礎」を挙げておく.https://www.ite.or.jp/contents/tech_guide/tech_guide201301_201306.pdf