開発物語
高スケーラブルデータベース統合基盤HiRDB物語

開発物語

高スケーラブルデータベース統合基盤HiRDB物語

東京都立大学
土田正士 Masashi Tsuchida

1. はじめに

HiRDB *1 の開発は,1990 年頃から始まったダウンサイジングと呼ばれる業界動向に対して,日立のDB(Database)関連の技術者・研究者の誇りを懸けて全力で開発に取り組んだ歴史であると言える.1990 年代半ばに金融,物流及び通信など社会基盤を支えるDBMS(Data­base Manage­ment­System)を世の中に送り出すことを目指し,研究開発が始まった.当時はダウンサイジングが流行のキーワードであり,UNIX*2 サーバが市場に出始めていた.このダウンサイジングと呼ばれる動向は,基幹業務に適用しているメインフレームをUNIX サーバで置き換える事業変革であり,日立の情報事業として取り組むべき最重要課題だと認識されていた.その中でも基幹業務の根幹を成すDBMS 製品を日立自身で開発することは必然だと考えられていた.

しかし,米国を中心にいち早くUNIX サーバ上のDBMS 製品を市場投入するDB 専業ベンダも存在しており,DBMS の市場が確立されつつある状況であった.その状況下で,市場に後発で参入することを社内で説得し,社内の合意を得ることは大変であったが,UNIX サーバを並列化したBMPP(Business Massive Parallel Processor)製品を開発する事業状況が追い風になり,DBMS 製品の市場参入を決断するに至った.HiRDB は,UNIX サーバを並列化したBMPP 上にSQL DBMS を実現することを強みとしており,潜行(先行)して研究していた並列問合せ処理機構は,風呂屋の下駄箱のようにストレージ(CPU 付きディスク)の追加で並列性を高める発想から開発されたものである.4,000 台超のサーバ構成のBMPP は市場性の観点から製品化が見送られたが,将来的なニーズに応えるため「高スケーラブル」なシステム構成を可能とする並列問合せ処理機構が実現されている.DBMSの製品名を決めるにあたり,“Highly scalable” RDB の略称HiRDB を採用したのはこのような背景があったからである(1)

また,ISO のSQL 規格として開発中であったORDB(Object Re­lational Data­base)機能を実現するため,多種多様なメディアコンテンツへの操作など拡張性を有するプラグイン機構によって,各メディアコンテンツ検索機能,ネイティブXML 機能から成る「データベース統合基盤」も開発された(図1).ただ,本来アプリケーションとして開発された各プログラムをプラグインとしてDBMS に組み込むことで,信頼性を大幅に低下させる懸念があった.そのため,トランザクション制御,回復処理など難易度の高いDBMS に,信頼性を維持しつつ各プログラムを複雑化させずに容易に組み込む,相反する課題の解決に最も苦労したが,開発者の知恵と汗でこの課題を克服した.なお,この時点からSQL 規格への追従を続ける日本における唯一のベンダとして主要な開発貢献を果たし続けていることも記しておきたい.

このように,HiRDB の開発はメインフレームからUNIX への事業転換期に大きな役割を果したと言えるであろう.今でこそクラウド時代では万台レベルを超えるサーバを本格的に活用することが当たり前となっているが,この当時の事業変革に対して技術者・研究者がどう立ち向かったのかをこの物語では書き記しておきたい.このような製品開発を経ることで得た意志,技術力・決断力を持ち続けるためには,これからの開発者及び研究者に不断の努力………

*1 HiRDB は,(株)日立製作所の商標または登録商標です.本文中の社名,製品名は各社の商標または登録商標です.

*2 UNIX は,The Open Group の米国並びに他の国における登録商標です.