解説論文 
データ統合により脳情報を可視化する技術

小特集
ディジタルヒューマンインタフェースの新潮流

データ統合により脳情報を可視化する技術

Visualizing Brain Information Processing via Multi-Modal Integration

山下宙人 Okito Yamashita

Summery 脳の複雑で柔軟な情報処理の仕組みを理解するためには,処理を担う脳部位を特定するだけでなく,脳部位間のダイナミックな情報のやり取りを解明することが必要不可欠です.しかし,ヒトを対象にした脳研究では,現在の脳計測法の限界から,このようなダイナミックな脳情報の可視化は困難です.我々の研究室では,複数のデータをソフトウェア的に統合して,一つの計測では達成できない脳情報の可視化を目指した研究開発を15 年以上進めてきました.本稿では,空間解像度に優れたfMRI データと時間解像度に優れた脳波・脳磁図を組み合わせて,高い時間・空間解像度での脳情報の可視化を目指す電流源推定法とその応用技術である電流信号伝達マッピング法について紹介します.

Key Words 脳波・脳磁図,電流源推定,複数データ統合,階層変分ベイズ法,電流信号伝達マッピング法

1

はじめに

1.1 脳情報処理を調べる研究

脳は最も複雑な情報処理システムと言われています.メジャーリーグで大谷翔平選手が大活躍していますので,最近,野球を見る機会が増えた方も多いと思いますが,大谷選手の投げる160 km/h のボールを打とうと思うと,投げてからホームベースを通るまでの僅か0.41 秒の間に,バッターの脳は,ボールの軌道を追う視覚,ホームベースの上を通るかの判断,筋肉に指令を送る運動といった,複数の機能を瞬時に協調して処理しないといけません.脳はこのような複雑な情報処理をどのように行っているのでしょうか? 脳が行う情報処理を解き明かす研究は,脳機能研究と呼ばれ,脳科学の大きな目的の一つとなっています.

1.2 ヒト脳活動を測る

脳機能研究は研究対象である脳の活動を測ることから始まります.脳は膨大な数の神経細胞(ヒトの脳では約1,000 億個)で構成されています.神経細胞が化学伝達物質を利用して電気信号をやり取りすることにより,脳は視覚・記憶・運動・認知など様々な機能を実行します.主に動物を対象にした脳研究では,脳に電極を刺入して個々の神経細胞の電気信号を記録する電気生理学的手法を用いて,脳機能の解明が進められてきました.しかし,ヒトを対象にした脳研究では安全面・倫理面から同様の手法を用いるのは困難です.ヒトを対象にした脳研究では,外科的手術をすることなく,安全に脳活動を計測する “非侵襲脳活動計測法” が用いられています.

表1 にあるように,現在四つの非侵襲脳活動計測手法が利用されています.核磁気共鳴機能画像法(fMRI: functional MRI)は1990 年に小川博士が発見したBOLD(Blood-oxygen-level-dependent)信号をMRI を用いて計測します(1).脳全体の活動を高い解像度(ミリメートル,mm)で画像化できるという優れた特性から,基礎研究では最も活用されており,脳の機能局在や脳の機能ネットワークの解明に貢献してきました. 脳波(EEG:Electro­Enchephalo­Graphy)は,神経細胞に流れる電流が頭の中を伝わって生成される微弱な電位変化を頭皮表面に設置した電極で計測する方法です.1930 年頃ベルガー博士によって発見された,最も歴史のある非侵襲脳活動計測法です(2).時間解像度が高く,ミリ秒(ms,0.001 秒)の活動変化を計測できます.しかし,脳内の活動位置を特定するためには,電流源推定と呼ばれる逆問題を解く必要があります. 脳磁図(MEG:Magneto­Enchephalo­Graphy)は,1972 年にコーエン博士により初のヒト脳計測が報告された方法で,神経細胞に流れる電流が頭の周りに生成する微弱な磁界変化(地磁気の1 億万分の1 以下)を,超伝導センサを用いて計測しま………

ATR 脳情報解析研究所,京都府

Neural Information Analysis Laboratories,ATR,Kyoto-fu,619-0288 Japan