子どもに教えたい通信のしくみ 
脳信号を見える化する方法

子どもに教えたい通信のしくみ

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赤外線と光センサの活用

ATR 脳情報解析研究所 山下宙人 Okito Yamashita

1. はじめに

脳は最も複雑な生体器官と言われています.皆さんが何かを体験し感じて行動することができるのは脳が働いているためです.脳科学はこの脳の働きを科学的・客観的な方法で解明する学問です.ほかの全ての科学がそうであるように,脳科学も対象となる脳信号を計測することから始まります.しかし,脳の発する信号はとても小さいため計測は簡単ではありません.特にヒトの脳信号の計測は,脳の中にセンサを直接置くことができないため,その精度・性能には限界があります.本稿では,現在利用されているヒト脳計測方法とその長所・短所を説明し,計算アルゴリズムを活用して,その克服を目指す電流源推定法を紹介します.

2. 脳はどのように情報を処理しているのか

現在,アメリカのメジャーリーグで大谷翔平選手が大活躍しているので野球に興味を持った人も多いと思います.大谷選手が投げる160 km/h のボールを打とうと思うと,ボールが手を離れてからホームベースを通るまでの僅か0.41 秒の間に,バッターは目でボールの軌道を追う視覚,ホームベースの上を通るかの判断,筋肉に指令を送る運動といった複数のことを瞬時に協調して処理しないといけません.脳はどのようにしてこのような複雑な情報処理を行っているのでしょうか? このような脳の働きを調べるためには,脳信号がいつ,どこで起こっているかを正確に測ることから始まります.

3. 脳信号 神経細胞の電気活動

では,脳信号とは何でしょうか? 脳の中にはたくさんの神経細胞が存在します.ヒトの脳であれば約1,000億個もの神経細胞があると言われています. 神経細胞は細胞体から伸びる軸索の先端部にはあるシナプスを介して別の神経細胞と電気信号を用いてやり取りすることが分かっています(図1).

図1 神経細胞の電気活動

図1 神経細胞の電気活動

4. ヒトの脳信号を測る

4.1 非侵襲脳活動計測法

神経細胞の電気信号は,細胞の近くに置いた微小電極を用いて計測します.主に動物を対象にした脳研究で用いられてきました.しかし,ヒトを対象にした脳研究では,安全性や倫理的な観点から,脳の中に直接電極を置くことは困難です.外科的手術を必要としない安全な非侵襲脳活動計測法と呼ばれる方法が用いられています.現在,脳波(EEG: Electro­Encephalo­Graphy),脳磁図(MEG: Magneto­Encephalo­Graphy),機能的核磁気共鳴画像法 (fMRI: functional MRI), 近赤外分光計測 (NIRS: Near-Infra­Red­Spec­tros­copy)の四つの方法が主に利用されています.これらの計測法では頭の外にセンサを設置するため,一つ一つの神経細胞の信号の変化は検出できません.数万〜数十万個の神経細胞集団が同時に活動して初めて信号として検出されます(図2).

4.2 電気活動の計測

脳波・脳磁図は神経細胞集団の電気活動が頭の周りに作る電位・磁界の変化をそれぞれ検出する方法です.脳波は頭皮上に設置した電極を用いて,脳磁図は頭の周り………