解 説
学校現場を変えていくゼロトラストセキュリティ
―高校教師 から転職したIT企業社員から―

小特集
教育分野におけるICT 利活用の実例と展望

解 説

学校現場を変えていくゼロトラストセキュリティ―高校教師から転職したIT企業社員から―

栗原太郎 Taro Kurihara 日本マイクロソフト株式会社

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ゼロトラストへのいざない

GIGA スクール構想が前倒しになり,ICT 環境の整備が進められてきた.一人1 台端末によって個別最適化された創造性を育む教育を目指す夢のような政策であるが,徐々に既存の環境とのひずみが見えてくるようになった.平成29 年に策定された文部科学省の「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」(1)は,従来のパソコン教室からクラウド基盤の一人1 台活用といった,いわゆる令和時代のスタンダードなICT 環境に対応するために大幅に改訂が進んでいる.令和4年3 月における第3 回目の改訂では,新しいICT 環境の目玉として位置付けられているゼロトラストセキュリティの対策をより具体的に記すこととなった.最近ではゼロトラスト基盤を採用する学校が増えており,自治体規模でも導入が進んでいる.更に文部科学省自身もこの仕組みを採用し,中央省庁として初めてフルクラウド基盤のシステムをマイクロソフトのクラウドサービスで構築した.教育現場では一人1 台端末の整備が終わったが,今までのICT 環境が根本から変わっていく,まさに過渡期の状況にある.

ゼロトラストという言葉は本マガジンのテレワーク小特集で登場しており(2),以前よりも多くの人に知られるようになっている.今回は可能な限り技術の詳細は省き,学校というものを題材に,テクノロジーがどのように人々の生活を変えていくかを言語化することに終始したい.技術に関心がある読者にとっては,時に技術そのもの以上に重要度が高いものだと感じている.これは私のようなIT 企業の人間が得意としていない領域であり,自戒の念も込めて進めていきたい.

現在私は,日本マイクロソフトにおいて全国の教育機関向けのカスタマーサクセスを担当している.余りなじみのない役職だが,IT 企業では広く取り入れられており,年々需要が高まっている領域である.簡単に言うと買って頂いて終わりではなく,購入後いかに使って頂くかに注力する仕事だ.この説明をするとICT の基本的な使い方研修を行う人のイメージを持たれることが多いが,使う際に障壁となる技術的な課題を解決することを主な仕事としているため,当社での役割は技術者である.一方で,新しいものの導入に消極的な組織文化をどう変えていくかといった,技術が一切関係ない領域も担当する.もちろん前述の使い方の講義もする,言わば「何でも屋」である.

そんな技術職として働いている私は,2020 年3 月まで高校倫理の教員をしており,古代ギリシア哲学好きでICT とは無縁の世界に生きていた.働いていた頃はまさに大学入試制度の変わり目であり,従来の学びを先生の働き方とともに改革していく必要があった.そこでICTの可能性に気づき,全国に先駆けてゼロトラストの仕組みを先生たちと構築して学校を変えていった.聞こえはいいが,学校が抱える課題を解決するような理想的なICT 環境を求めて奮闘する中で,「Microsoft 365 A5」(図1,2)と呼ばれる「全部入り製品」の機能に目を通して,一つ一つ有効化していったら,たまたまゼロトラストに基づく仕組みになっていたというだけである.新しい環境では今までとは比べられないほど利便性と安全性を高めることができ,効率化と質の向上につながった.この後ICT によって学校現場を変えたいと思い転職を決意したが,基盤としてのゼロトラストは学校を変えていく大きな希望であると思っている.

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ゼロトラストの広がりと理由

詳しい話はほかに譲るとしてここでは概略について書いていく.ゼロトラストとはセキュリティに関する考え方であり,信じること(トラスト)をしない(ゼロ)ことを前提として作られたモデルである.これに対して従来の境界型セキュリティと呼ばれる対策は,信頼でき………