解 説
大学におけるICT活用教育の動向

小特集
教育分野におけるICT 利活用の実例と展望

解 説

大学におけるICT活用教育の動向

山川広人 Hiroto Yamakawa 公立千歳科学技術大学
喜多敏博 Toshihiro Kita 熊本大学
望月雅光 Masamitsu Mochizuki 創価大学
小松川 浩 Hiroshi Komatsugawa 公立千歳科学技術大学

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はじめに

コロナ禍の経験を通じて,我々大学教員のオンライン教育に関する敷居が下がり,教育手法も身近になった.一方で,コロナ禍の前を思い返すと,興味がある一部の教員が授業で活用する程度で,なかなか全学的に広がらないとよく言われてきた.しかし,大学の入り口として求められる,高校段階までの力の補修を目指すリメディアル教育や,学士課程教育で共通して身に付けておくことが望ましい力の養成を目指すキャリア教育など,時代の要請に基づく新たな教育内容の導入場面では,大学として検討・実施されてきたことも事実で,そうした事例を振り返ることは,“ポストコロナ”における組織的・戦略的なオンライン活用に対する有用な知見を提供してくれる可能性がある.本稿は,こうした趣旨にのっとり,日本のICT 活用教育の組織的な運用事例を振り返りながら,今後のオンライン教育推進のための一助を願っての寄稿となる.

日本の高等教育における組織的なICT 活用のシーズ的な取組みは,文部科学省の政策の一環で推進された「特色ある大学教育支援プログラム(特色GP,2003 年(平成15 年度)開始)」や「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP,2004 年( 平成16 年度) 開始)」が挙げられる(1),(2).特に,現代GP「テーマ6」は,全学的にe ラーニングを推進する大学が選定されており,その事例の多くが公開されている.このプログラムでは,対面授業を基軸とした教育課程に適用された内容を中心に採択されており,その後のICT 活用教育の試行プロジェクト(シーズ的な取組み)と位置付けられる.eラーニングを活用する動機については,高度人材育成に向けたキャリア教育(青山学院大),基礎教育支援(金沢工大)といった,新たな社会背景を踏まえた補完型教育に関わるものや,大学内の教育内容の共有(関西大,千歳科技大)といったカリキュラムの可視化の原形となる取組みがあった.また,キャンパス間の物理的な距離を埋める取組み(信州大)や大学(機関)連携を意識した取組み(帝塚山大,長岡技科大)など,現在のオンライン教育導入の背景につながる事例が見て取れる.いずれの取組みも,従来できなかったことができるようになったという点で,大学教育全体に与える影響力は大きい.

一方で,全学的な試行を通じた課題も明らかになった.特に,関係者間で議論になった課題は,システムとコンテンツの維持という技術的側面に関するものであった.しかし,こうした技術的な課題は,今から振り返ると徐々に解決されていった.例えば,システムについては,研究を兼ねて独自システムの試行を行う大学(千歳科技大,電通大,帝塚山大ほか)も多かったが,熊本大を中心にオープンソースであるMoodle の積極的な運用を展開し,こうした流れは他大学を含めて全国的に広がった.コンテンツに関しては,大学間で共通的に利活用できる内容と,各大学固有の教育内容を対象とするものに分類できた.前者については,初年次向けの数学・英語・日本語などのリメディアル教材や,情報・語学系などスキル系の養成が該当し,主に演習を中心に教材が整備された.(千歳科技大の事例.)こうした教材は,どの大学でも共通して利活用可能なことから,現代GP 終了後も大学間で継続的に整備し合うことで,その維持管理も大学間で協働して対応するコミュニティの形成が行われた.一方,大学固有の授業内容に呼応するオンライン教材は,各担当教員の授業設計に沿って作り込む必要があるため,大学独自にコンテンツの作成・維持を行うコストの課題が残っていた.しかし,コンテンツのオーサリング環境やクラウド環境の普及によって,教員個人で教材の作成と配信が行えるようになり,現在ではその課題はおおむね解決された.

一方で,ICT の活用事例と有用性に関する議論は,今に至るまで継続的になされている.一例を挙げると,授業に必要な知識の習得などは予習など授業外の活動とし………