解説論文 
新エネルギーサービス実現のためのセキュリティ

小特集
スーパシティ/スマートシティ実現の基盤となるICT技術

新エネルギーサービス実現のためのセキュリティ

Security Requirements for New Energy Services

水野 修 Osamu Mizuno

Summery 電力の需要家(ユーザ)が太陽光発電など小規模な発電設備を所有することが一般化しつつある.このような発電設備を「分散電源」と呼ぶ.持続可能な社会構築への要求や,電力自由化などを背景に,分散電源を活用した新しいエネルギーサービスが期待されている.本稿では,電力系新サービスの基本的なコンセプトを述べる.更にサービスの実現に対し必要となる,セキュリティ要件について,内外の文書を紹介する.また,電力会社,需要家及び電力需給調整サービスを提供するサービスプロバイダなどから構成されるプレーヤの関係が複雑になることから,特にデータセキュリティの重要性が増す.そのため,ネットワークを“ セキュリティ的に信頼できないもの” という前提に立った「ゼロトラストアーキテクチャ」や,公的機関がデータを管理,提供する「データベースレジストリ」などの適用について述べる.

Key Words 電力システム,スマートグリッド,セキュリティ,分散電源,ゼロトラストアーキテクチャ

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はじめに

持続可能な社会の構築に向けた活動が重要視されている.国際的には,安心・安全な社会の実現とその持続的な発展を目指す持続可能な開発目標SDGs(Sustainable Development Goals)(1)が示されている.国内でも,未来社会へのイノベーションイメージとしてSociety 5.0(2)が提唱されている.

このような背景の下,エネルギー施策としては,温室効果ガスの削減を目指した,「カーボンニュートラル」と呼ばれる化石燃料からの脱却が求められている.一方で,東日本大震災を契機とした原子力依存の見直しがあり,再生可能エネルギーの推進が行われている.

更に,電力を消費するユーザである“需要家”が電源設備を持つことも,法人の施設については一般化しつつある.例えば,敷地内に太陽光発電や風力発電の設備の敷設がある.また,熱水・冷水を蓄える蓄熱設備や蓄電設備,更には電気自動車(EV: Electric Vehicle)も言わば「走る蓄電池」であり,放電すれば電源とみなすことができる*.これらを「分散電源」と呼ぶ.

またビジネス面でも,これまで発電,送電,配電が一体であった電力事業の分社と,電力小売自由化がスタートしたことにより,これまでの垂直統合型のサプライチェーンから水平型に転換されてきた.

このような背景の下,電気事業者と需要家を情報通信ネットワークで結ぶ“スマートグリッド”を用いて,電力の需給バランス調整により電力系統の安定化を図ったり,より積極的に分散電源を仮想的に統合した仮想発電所(VPP: Virtual Power Plant)とするなど,需要家がより経済的な恩恵を受けられるようなエネルギーサービスが着目されている.

本稿では,これらのスマートグリッドに関わる新エネルギーサービスのセキュリティ面について,各種ガイドラインを紹介し,今後の課題について述べる.

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電力の需要供給調整に関わる新サービス

2. 1 需給バランス調整の課題

電力系統では,電力は供給量と需要量を一致させることで,電圧や周波数を安定させる制御が行われている.単純には電力需要が多ければ発電機を駆動し,供給過多ならば停止することになる.

しかし,発電方法によってはこのような制御が難しいものがある.原子力発電は出力調整が難しいた………

工学院大学,東京都

Kogakuin University, Tokyo, 163-8677 Japan

* ただし,EVを蓄電池として電力需要に供することは可能ではあるが,実際には災害などの非常時以外には考えにくい.