解説論文 
モビリティ関連分野におけるICT活用のこれまでとこれから

小特集
スーパシティ/スマートシティ実現の基盤となるICT技術

モビリティ関連分野におけるICT活用の
これまでとこれから

Past and Future of ICT Utilization in Mobility-related Fields

有吉 亮 Ryo Ariyoshi

Summery モビリティ関連分野にとってICT は当初,道路交通の安全と円滑を支援するための技術という位置付けであったが,インターネットとスマートフォンを前提としたライドシェア等の新たなモビリティサービスの勃興,自動運転に関する研究開発の加速,そして「CASE」や「MaaS」といった概念の普及によって,ICT は新たな時代のモビリティサービスの根幹を担う存在となった.また,技術的な側面だけでなく,交通関連の課題を解決するための政策検討過程においても,ICT の役割は拡大しつつある.交通計画におけるICT 関連データの活用においては,データの需要者と所有者の不一致,及び両者の目的意識の不一致が課題として挙げられる.データ所有者である民間事業者が,交通計画の検討過程の中でのデータの使われ方に対して理解を深めるよう,データ需要者である政策・研究サイドから働き掛けることが重要である.

Key Words モビリティ,交通計画,ITS,MaaS,ビッグデータ

1

はじめに

本稿では,日本のモビリティ関連分野における情報通信技術(ICT: Infor­mation and Communication­Technology)の活用とその展望について述べる.2. ではモビリティ関連分野におけるICT 活用の歴史的経緯を概観し,3. ではモビリティ関連施策の計画過程におけるICT の活用について,サービスや調査研究の実例を紹介しながら述べる.4. では,今後のモビリティとICT の連携のあり方について展望を述べる.

論を進めるに先立ち,本稿における「モビリティ(Mobility)」という用語の定義をしておく.Mobility という英単語の意味は,“the ability tomove”すなわち“移動する能力”であり,本稿でも「移動のしやすさ」という概念を表す言葉として「モビリティ」を用いる.なお,「モビリティの開発」や「超小形モビリティ」など,モビリティという言葉が,物体としての車両そのもの(交通計画分野ではこれを「交通具」と言う)の意味で使用されている例も多く見られるが,本稿ではそのように限定した解釈はしない点を断っておく.

2

モビリティ関連分野におけるICT活用の経緯

2.1 ICT活用のれい明期(1970〜1980 年代)

日本のモビリティ関連分野におけるICT 活用のための技術開発は1970 年代に始まった(図1).草分けとなったのは1973 年の通商産業省によるCACS(Comprehen­sive Auto­mobile Control­Systems,自動車総合管制システム)であり,道路側と車両側のそれぞれのセンサで収集された情報を融合し,交通状況の推定・予測を行い,その結果に基づいて動的な最短経路情報を提供するシステムの開発と試験運用が行われた.1980 年代に入ると,建設省がRACS(Road/Auto­mobile Communication­System,路車間情報システム),警察庁がAMTICS(Advanced Mobile Traffic Infor­mationand Communication­Systems,新自動車交通情報通信システム)の開発に着手し,これらと電波免許を所管していた郵政省が連携し,現在も主要道路の交通情報提供システムとして中心的な役割を担っているVICS(Vehicle Infor­mation and Communication­System,道路交通情報通信システム)の開発へと発展した.

2.2 道路交通を中心としたITS へ(〜1990 年代末)

1980 年代末から1990 年代にかけては,ICT で道路と自動車を高度化するための技術開発が各省庁………

横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院,横浜市

Institute of Urban Innovation, Yokohama National University, Yokohama-shi, 240-8501 Japan