解説論文 
コウモリのエコーロケーション— 音で“見る” 術に学ぶ —

小特集
未来を担う通信技術者・研究者のための自由研究特集(ジュニア会員特集)

コウモリのエコーロケーション— 音で“見る” 術に学ぶ —

Echolocation of Bats: The Technique of “See” with Sound

手嶋優風 Yu Teshima

土屋隆生 Takao Tsuchiya

飛龍志津子 Shizuko Hiryu

Summery コウモリは,牙をむき出してヒトの血を吸う不気味な生き物だと思われているかもしれない.本論文ではコウモリの真の姿を紹介する.暗闇で活動するコウモリは,視覚に頼ることができず,音を用いて世界を“見る” 能力を身に付けた.コウモリが放射する音は,我々ヒトには聞くことのできない“超音波” と呼ばれる高い音色の音である.超音波を使って周囲を把握することをエコーロケーションと呼び,本論文では特に,コウモリが超音波をどのように使い生活しているのか,また超音波で“見る” 世界とはどのようなものなのかを,現在明らかになっている知見を基に紹介する.本論文を読んだ後,小さな体で賢く振る舞うコウモリを,より身近に感じて,生物とその生物から垣間見える音の物理にも興味を持って頂けると幸いである.

Key Words コウモリ,エコーロケーション,音響シミュレーション,アクティブセンシング

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はじめに

コウモリは我々のすぐそばで生活している.日没前後に空を見上げると,鳥とは違った様子で急旋回をしながら飛んでいるコウモリを見掛けることがある.夜の空で,獲物である小さなユスリカ(自転車に乗っていると口に入ってくる,あの!)を捕獲している光景である.コウモリは口や鼻孔から超音波を放射し,その反響音(エコー)で獲物を発見し,更に飛行しながら器用にその小さな獲物を捕獲している.Uexküll は19 世紀,“ 環世界(Umwelt)”の概念を提唱し(1),生物それぞれが知覚している世界は異なり,生物は各世界で主体的に行動していると論じた.音を使って環境を認識しているコウモリは,主に視覚でこの世界を知覚している我々とは異なる世界に住んでいることが予想される.例えば,表面が滑らかな壁(例えば鏡)に斜め手前から音波が入射すると,エコーは全反射によって入射方向とは逆の向こう側に伝搬する.すると,我々には見える目の前の鏡であっても,コウモリにはエコーが届かず,“何もない”と知覚される.実際,鏡に向かって斜めから飛行するコウモリが,鏡を認識できず衝突する様子も観察されている(2).また見た目には大きさが等しいが“材質”が異なる物体を,コウモリは“大きさ”が異なる物体と誤って知覚する行動からも(3),音を用いて知覚される世界が我々の住む世界とは違っている様子を垣間見ることができる.音による空間把握のスペシャリストであるコウモリの世界をのぞき見ることで,コウモリの生態の理解にとどまらず,音で“見る”世界や生物独自のユニークなセンシングが理解できるかもしれない.そこにはきっと未来の技術に役立つ知見が秘められていると筆者らは考えている.

本論文では,コウモリの紹介から,コウモリの超音波を用いたエコーロケーションや彼らのユニークな戦略,更にいまだ謎に包まれているコウモリの音で“見る”世界を垣間見るための最近の研究について紹介する.

2

コウモリ

コウモリはヒトと同じ哺乳類に属し,コウモリ目(翼手目)として哺乳類全体の種数(約5,911 種)の約20〜25 %を占める.これはネズミ目(齧歯目)に次ぐ種数である.コウモリは大きくインプテロチロプテラ亜目(Yinpterochiroptera)と,ヤンゴチロプテラ亜目(Yangochiroptera)に分けられ,ほぼ全世界に分布し,種により体重が約2 g から約1 kg のものまで幅広く存在し生物学的にも多様である.コウモリは,ヒトの血を吸うというイメージを持たれることもあるが,血を吸うコウモリはたった3 種のみである(4).ほかのコウモリは,果物を食………

同志社大学,京田辺市

Doshisha University, Kyotanabe-shi,610-0394 Japan