無線で“情報”は送れるのに、なぜ“電力”は送れないのか?
-マイクロ波無線電力伝送のジレンマ-

研究の概要

現在、IoTデバイスのほとんどが無線通信機能を有していますが、電源については電池交換やケーブル充電が必要であり、依然人的作業が伴っています。そこで当研究室では、電源管理の不便さから解放可能とする「マイクロ波無線電力伝送(MWPT: Microwave Wireless Power Transfer)」に関する研究を行っています。
MWPTでは、送電機のアンテナから高出力のマイクロ波(数百MHz~数GHz帯の電波)を発射し、これを受電器のアンテナで回収しダイオードで直流電流に変換することで、メートルオーダの広範囲にわたる遠隔給電を可能とします。MWPTのアイデアは、19世紀末にニコラ・テスラが提唱した「世界無線システム」に端を発し、以降、「宇宙太陽光発電」における地上へのエネルギー伝送手段として日米欧が中心となり研究が進められました。最近では米国ベンチャーがFCC認証を受けた製品をリリースしましたが、未だ本格的な商用化には至っていません。実は、マイクロ波を用いて電力を送るということ自体は“技術的”には難しいことではありません。例えば、大学の研究室レベルでも下記の動画のように、電車模型の遠隔駆動やLEDライトの遠隔点灯に成功しています。

それではなぜ、この数十年で無線通信技術が普及した一方、MWPTは実用化できていないのでしょうか?以下では、MWPT実現に立ちはだかる2つの障壁と、これに対する当研究室の研究について紹介します。

代表的な研究課題

完全受動伝搬路推定法の原理 [1,2]:受電器において特別な装置や能動的な処理を必要とせずとも、送電機は受電器の位置を特定可能。
図1.完全受動伝搬路推定法の原理 [1,2]:受電器において特別な装置や能動的な処理を必要とせずとも、送電機は受電器の位置を特定可能。

第1の障壁は、MWPT特有の受電器構成による障壁です。MWPTの受電器に不可欠なダイオードは、閾値以下の強度の信号を導通させないという物理障壁を有しています。そのためMWPTでは、送電機に複数のアンテナを用い、各アンテナが発するマイクロ波のタイミング(位相)を制御することで、高電力密度のマイクロ波ビームを受電器に集束させる必要があります。しかし上記の制御には受電器の位置情報が必要となり、受電器が電池切れの場合、受電器位置を送電機に通知できず給電不能となります。
そこで当研究室は、前述の受電器の物理障壁を逆手に利用し受電器位置を特定するという逆転の発想に至りました。例えば、送電機が発する信号の強弱を変化させると、受電器は強信号のみ入射させ、弱信号は入射せず受電器のアンテナで反射します。このとき受電器は、信号源を持たないにもかかわらずあたかもON/OFFの変調信号(いわゆるOn-Off Keying)を送信しているように振る舞い、送電機はこの疑似的な変調信号を検出することで受電器位置を推定することができます。そして送電機は推定位置情報に基づきビーム制御を行うことで受電器が電池切れであっても高効率給電が可能となります。


参考文献
  1. 近藤慎之介, 小田島祥太, 村田健太郎, 本間尚樹, “マイクロ波電力伝送に向けたブラインド受動伝搬路推定法~レクテナの後方散乱波を含む信号相関行列に対する電力軸平均の適用~,” 信学技報, AP2020-115, pp. 67-72, Jan. 2021.
  2. 近藤慎之介, 小田島祥太, 村田健太郎, 本間尚樹, “マイクロ波電力伝送に向けた受動伝搬路推定法の有線試験系評価,” 信学技報, AP2020-96, pp. 1-6, Dec. 2020.

※上記2件の発表により、2020年度下半期アンテナ・伝播研究専門委員会学生奨励賞を受賞しました。



人体回避・高効率無線電力伝送の原理 [3,4]:生体で反射したマイクロ波のゆらぎを検知して、生体方向では打ち消し合うように、受電器方向では強め合うようにマイクロ波を制御することで人体回避と高効率送電が両立可能。
図2.人体回避・高効率無線電力伝送の原理 [3,4]:生体で反射したマイクロ波のゆらぎを検知して、生体方向では打ち消し合うように、受電器方向では強め合うようにマイクロ波を制御することで人体回避と高効率送電が両立可能。

第2の障壁は、法制度による障壁です。本邦では、電波の公平かつ能率的な利用の確保による公共の福祉の増進を目的とし「電波法」が制定されており、無線設備の運用にあたり無線局免許または登録が通常必要となります。しかし現行電波法では、MWPTに該当する無線局の定義が未だ無く、省令改正に向け産学官が連携し技術仕様の策定を進めています(2022年1月時点)。例えば、人体に対する電波の安全性の基準として総務省が定めた「電波防護指針」では、電磁界強度の基準値への適合確認(一般環境にて1 mW/cm2以下)を無線局免許申請の要件としています。一方、現在検討下にあるMWPTの電磁界強度の仕様は、WiFiと比較し最大10000倍にもなるため、基準値を超過する恐れがあります。
そこで当研究室では、MWPTで想定される送電機構成がレーダに使用されるものと類似することに着目し、レーダ技術により生体を検知し、人体範囲ではマイクロ波が弱め合うよう干渉させる技術を確立しました。これにより人体のマイクロ波ばく露回避と受電器への高効率給電の両立を可能としました。


参考文献
  1. 金子直樹, 村田健太郎, 本間尚樹, “人体位置情報不要で人体回避と高効率無線電力伝送を両立するレイリー商規範ビームフォーミング法,” 信学技法, AP2020-36, pp. 25-30, Sep. 2020.
  2. 金子直樹, 村田健太郎, 本間尚樹, “マイクロ波電力伝送における人体回避と高効率給電を両立するビームフォーミング法,” 信学技報, AP2020-7, pp. 7-12, Jun. 2020.

※上記2件の発表により、2020年度上半期アンテナ・伝播研究専門委員会学生奨励賞を受賞しました。

今後の展望

上記の他、WiFi等の既存無線サービスへの混信の影響や、MWPTが絶対的に必要とされるキラーアプリの欠如等、市場的障壁もMWPT実用化の足枷となっています。今後、ハード・ソフト双方の無線技術の融合した研究開発により、MWPTを取り巻く多面的障壁を解消しMWPTの早期実用化を目指します。

本研究室提供可能技術

  • 無線電力伝送技術
  • 無線通信技術(multiple-input multiple-output (MIMO), full-duplex, orbital angular momentum (OAM) multiplexing, backscattering communications)
  • レーダ技術(無線位置推定、生体計測)

共同研究希望技術

  • RFデバイス、MEMSデバイス
  • 生体電磁環境、電磁界シミュレーション
  • マイクロ波化学、マイクロ波プラズマ、マルチフィジックスシミュレーション