倫理綱領改定の説明

2011年2月21日

1.改定の基本方針

1998年に制定された旧倫理綱領は基本理念と9条から構成されており各条は2ないし5の項目を含んでいる。改定では旧倫理綱領をベースに各条項を極力シンプルにして10条にまとめることとした。さらに,旧倫理綱領では「綱領解説」によって理解を助けているが,改定ではその代わりに「行動指針」を作成して具体的理解の助けにすることとした。

旧倫理綱領にある「基本理念」は,「前文」とし,倫理綱領の基本的な考えを記載することとした。



2.各条文の改定内容説明

以下に改定した倫理綱領の条文毎に,その改定内容と改定趣旨を説明する。
なお,改定の各条項の( )書きは,旧倫理綱領の条文を示し,"改"は内容を改定したことを示す。例えば,(第1条改)は旧倫理綱領の第一条の内容を改定したことを示している。

◆前文
【改定】
前文
 電子情報通信技術が現代社会において果たす役割とその可能性は極めて大きい。一方で,この技術の根元である電子や電波あるいは物理的実体のない情報は直接的な理解が難しいばかりではなく,電子情報通信技術の発達や普及が長期的にどのような影響を及ぼすか明確に見通すことも容易ではない。
電子情報通信技術に関わる者は,電子情報通信技術のこのような特質を深く理解し,自らの職業的実践および専門的活動を通じて,全人類社会の健全な発展と地球環境の保全に貢献する責務がある。
本学会員は,これらを認識して広く電子情報通信技術者が誠意と良識をもって職務を遂行することで尊敬される専門職となることを切望し,次の倫理綱領を遵守する。同時に,本学会は,電子情報通信技術者がこの倫理綱領に合致した行動を取ることができるように,教育と支援に努める。
 
【旧倫理綱領】
基本理念
 電子情報通信学会員(以下本学会員)は,電子情報通信技術の専門家として,各自の専門技術の研究,開発,実施を通じて,全人類社会の幸福と福祉に貢献するよう努力する。
 
【改定の趣旨】
 旧倫理綱領は,「基本理念」として簡潔に倫理綱領の趣旨を表現しているが,改定ではその背景や電子情報通信技術の特徴を記載し,理解が深まるようにしている。
電子情報通信技術の重要性と,目に見えない電子,電波や,物として実体のない情報を取り扱う困難さを指摘することにより,電子情報通信の分野としての特徴を明確にした。
また,電子情報通信技術とその活用が地球環境と調和し,人類の幸福と福祉に貢献することを謳うようにした。
さらに,法人としての学会は,会員だけでなく,広く電子情報通信技術者に対して本綱領に合致した行動を取れるように教育と支援を行うという意思表示を明確にしている。
 
◆第1条
【改定】
1. [基本原則] 公正と誠実を重んじ,他者の権利を尊重する。(第1条改)
【旧倫理綱領】
1. 本学会員は専門家および一人の個人として次の各項を遵守する。[基本方針]
(1) 公正と誠実を重んじる。
(2) 他者に危害を与えることを予防する。
(3) 他者の権利の侵害が生じることを避ける。他者の権利には,所有の権利,プライバシーの権利等が含まれる。
【改定の趣旨】
 第1条は,倫理綱領の基本的な原則を規定するものであり,旧倫理綱領の第1条を簡潔に一文にまとめた。また,本条は,技術の適用によって新たな差別が生じることのないように留意すべきということも含意している。
 
◆第2条
【改定】
2. [技術の目的] 電子情報通信技術の研究開発と活用を通じて,人々の安全,健康,福利の向上と社会の発展を目指す。(新設,基本理念改)
【旧倫理綱領】
基本理念
 電子情報通信学会員(以下本学会員)は,電子情報通信技術の専門家として,各自の専門技術の研究,開発,実施を通じて,全人類社会の幸福と福祉に貢献するよう努力する。
【改定の趣旨】
  旧倫理綱領の基本理念で一部謳われていた電子情報通信技術の目的を条項として独立させた。
 
◆第3条
【改定】
3. [技術の重要性の認識] 電子情報通信の社会活動における重要性を理解し,電子情報通信技術とその活用によって生じる,人間・社会および地球環境への影響を客観的に明らかにする。(第2条改,第7条2項改)
【旧倫理綱領】
2. 本学会員はその職務の遂行に当たって次の各項を遵守する。[社会的責任]
(1) 電子情報通信技術の進展とその成果が与える社会的責任を自覚する。
(2) 電子情報通信技術の進展によって生じる社会的影響について,客観的事実を明らかにするよう努力する。
(3) 上記の事実を社会に周知するよう努力する。

7. 本学会員は,その職務の遂行に当たって次の各項を遵守する。[研究開発]
(2) 電子情報通信技術の研究開発においては長期的視野に立ち,安全で信頼のおける国際的情報社会の建設を目指す。
【改定の趣旨】
  第3条は,旧倫理綱領の第2条と第7条2項を簡潔にまとめ,さらに最近の環境意識の高まりを反映させ,地球環境への影響にも配慮するように求めた。
旧倫理綱領第2条3項の「社会に周知するよう努力する」ことについては,「影響を客観的に明らか」にすることに含まれると考えられるので統合した。
 
◆第4条
【改定】
4. [品質保証] 専門家として職務に最善を尽くし,成果の品質維持と向上を図る。
(新設,第4条改)
【旧倫理綱領】
4. 本学会員は,その職務の遂行に当たって次の各項を遵守する。[品質保証]
(1) 電子情報通信技術から得られる成果の品質の保証に努める。
(2) 電子情報通信技術の品質保証の目標を設定し,それに準拠して行動する。
(3) 電子情報通信技術の品質保証の体制を作り,その維持向上に努める。
(4) 電子情報通信技術の品質保証を可能にするための技術の向上に努める。
【改定の趣旨】
  第4条改定案の前半"専門家として職務に最善を尽くし"の部分を新設し,後半"成果の品質維持と向上を図る"は,旧倫理綱領第4条の内容を要約する形にした。
 
◆第5条
【改定】
5. [契約遵守] 公益に配慮しつつ,職務上取り交わした契約を遵守する。(第3条改)
【旧倫理綱領】
3. 本学会員は,その職務の遂行に当たって次の各項を遵守する。[社会的信頼]
(1) 職務上知りえた秘密を他に漏らさない。
(2) 職務上知りえた秘密を自分および他者の利益のために使用しない。
(3) 業務上相互に合意の上取り交わした契約,了解事項,責任分担等の条項はこれを尊重する。
(4) 現行の法制度(特に電子情報通信に関連する法制度)についての知識を常に更新し,その学習に努める。
【改定の趣旨】
  第5条は,旧倫理綱領の第3条から該当する部分を要約し一文にまとめたものである。雇用主の利益と公益とが相反する場合を想定し,「公益に配慮しつつ」という文言を追加している。
 
◆第6条
【改定】
6. [事実の尊重] 事実に基づき誠実に行動し,信頼性の高い発表と評価を行う。(新設)
【旧倫理綱領】
なし
【改定の趣旨】
  第6条は,昨今論文捏造等が大きな問題となっているのに鑑み,条文を新設したものである。
 
◆第7条
【改定】
7. [オリジナリティの尊重] 他者の創意工夫や成果を尊重する。(第5条改)
【旧倫理綱領】
5. 他者の創意工夫を尊重する。
(1) 職務上知りえた秘密を他に漏らさない。
(2) 著作権,特許権,その他の知的財産権を侵害しない。
(3) 自己の知的財産の保護・利用についても注意を怠らない。
【改定の趣旨】
  第7条は,知的財産に限らず他者のオリジナリティを尊重するためのものであり,第5条の内容を一文にまとめたものである。「知的財産権」という語句は法令では必ずしも保護されない創意工夫や成果が除外されるおそれがあるので用いていない。
 
◆第8条
【改定】
8. [相互協力] 専門家としての良心に基づいて自由な討論を促し,進んで他者と協力する。
(第7条1項改)
【旧倫理綱領】
7. 本学会員は,その職務の遂行に当たって次の各項を遵守する。[研究開発]
(1) 電子情報通信技術の研究開発においては相互の立場を尊重し,自由な討論を行える場が作られるよう努める。
【改定の趣旨】
  第8条は,学会の基本的役割である研究会等における討論を保証するものであり,旧倫理綱領の第7条1項を一文にまとめた。討論の自由はより広くは他者との相互協力の一部であるとしてまとめている。なお,討論の自由は,研究開発の場に限定する必要はないと考えられるのでシチュエーションを限定することはしていない。
 
◆第9条
【改定】
9. [自己啓発と教育] 自己の専門能力の維持・向上に努めるとともに,技術者および公衆に対する教育を積極的に行う。(新設,第8条改)
【旧倫理綱領】
8. 本学会員は,その職務の遂行に当たって次の各項を遵守する。[実施基準]
(1) ネットワーク上での広報,発表における節度ある態度を保持する。
(2) 相互啓発,相互評価体制を推進する。
(3) 社会の反応を常に把握する体制の確立に協力する。
【改定の趣旨】
  旧倫理綱領では,教育啓発活動に関して明示的な記述がなかったので新設した。第8条2項の意味も含めている。また,他者に対する教育啓発以外に,自己の専門能力の維持向上を自分自身に対する啓発と考え,本条に含めている。
 
◆第10条
【改定】
10. [法令の学習] 職務に関連する法令や規則を継続的に学習し,遵守する。
(第3条4項改,第6条改)
【旧倫理綱領】
3. 本学会員は,その職務の遂行に当たって次の各項を遵守する。[社会的信頼]
(4) 現行の法制度(特に電子情報通信に関連する法制度)についての知識を常に更新し,その学習に努める。

6. 本学会員は,その職務の遂行に当たって次の各項を遵守する。[ネットワークアクセス]
(1) ネットワークへのアクセスは,許されているプロセスあるいは資源に限定する。
(2) 他者の管理するシステムに許可なく侵入しない。また他者の通信に不正にアクセスしない。
(3) ネットワークに対して情報を提供するときは,真正な情報のみを提供する。
(4) ネットワークから情報を獲得するときは,その結果について自己責任の原則を了承する。
(5) ネットワーク内における行動は,共創の精神に基づいて行う。
【改定の趣旨】
 第10条は,旧倫理綱領の第3条4項の内容をまとめたものである。また,旧倫理綱領6条のネットワークアクセスについて踏み込んで6項目を具体的に記述しているが,これは当時インターネットに関する法が未整備だったことから,旧倫理綱領では具体的に提示している。しかし,現在では法整備も進んでいるので,第10条に含めることにして,具体的な記述をしていない。旧倫理綱領では,"現行の法制度(特に電子情報通信に関連する法制度)"となっていたが,最近では関連法令も拡がりを見せているので,改定案では"職務に関連する法令や規則"とした。なお,どのような法律が関連するかを行動指針の別表として例示している。
(以上)