■5. 電子波で見るミクロの電磁界
AB効果によれば,電磁気の情報,すなわちベクトルポテンシャルの分布が,そこを通過した電子波の位相に反映される.このため,電子波の位相分布を観測すれば電磁気の情報が得られることになる.実際,干渉性の良い電界放出電子線と電子線ホログラフィー手法の開発によって,電磁気が干渉顕微鏡の形で直接観察できるようになった(6),(7).具体的にいえば,電界だけが存在する場合は電子波の位相の等高線は等電位線を示し,磁界の場合には磁力線を示すのである.
磁界の場合を例にとって,詳しく説明しよう.電子源の1点から発した2本の電子線が,磁界の異なった2点を通り,再び1点で出会う場合,その位相差は式(3)で与えられる.この式から以下の結論が導かれる.
(1) 磁力線に沿った2点を通る電子線は同位相になる.これらの電子軌道を貫く磁束がゼロになるからである.かくして位相の等高線は磁力線と一致する.
(2) h /e の磁束ごとに,2πの位相差を生じるので,位相の等高線は磁束h /e
ごとの定量的な磁力線を示す.
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(a) 模式図
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(b) 干渉顕微鏡像
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図7、コバルト微粒子
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実例を見れば分かりやすい(図7).このコバルト微粒子を電子顕微鏡像として観察すると,三角形の輪郭しか見えないが,干渉顕微鏡像にすると内部にたくさんの干渉じまが現れる.粒子の縁に現れる狭いしまは,内部にいくにつれて粒子の厚さが次第に増加していることを示す.しかし,ある所で厚さが一様になるので,それより内部の領域では磁力線を示している.
(a) 磁気記録の方法
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(b) 干渉顕微鏡像
図8,磁気テープ
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図8に示した例は,磁気テープに記録された磁力線の観察結果である.写真は薄膜を上から見たものだが,膜は途中で切れており上半分だけである.記録された磁化の方向は矢印で示してある.磁化された領域では磁力線は矢印の向きに走っているが,境界領域での磁力線の様子は大変面白い.そこには,ちょうど正面衝突する水の流れのように,磁力線の渦巻く領域ができている.膜の端近くに来ると,磁力線は蛇行しながら膜の外に流れ出す様子が観察できる.以上のように,磁力線が電子顕微鏡像の上に描かれるようになったため,微細な磁区構造が定量的に高い分解能でとらえられるようになった.
最近になって,超伝導体中の磁束量子の姿が電子波を用いることによってじかにとらえられることが示されたが,これについては別の文献を参照されたい(8),(9).
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