論文賞 推薦の辞
色弁別閾値を基準とした新しい色弱補正法の提案
望月 理香 ・ 中村 竜也 ・ 趙  晋輝
(和文論文誌A 平成23年2月号掲載)
 近年、科学技術の人間中心へのパラダイムシフトが急速に進められている。PCやスマートフォンなど個々人の専用端末所有率の増加に伴い、見易く快適な情報表示に向けた取組みは盛んである。特に、色彩バリアフリーの観点から色盲と色弱を含む色覚異常者への対応も重要な課題である。
 しかしそこで、人間感覚における線形性と再現性の欠如が大きな障害となり厳密で客観性のある方法は難しいとされている。特に人間の色知覚は個人毎、色毎に異なる複雑な特性を持ち、それは外から観測不可能であるため客観的に人間の見る色をモデル化する事は困難である。従来、背景色との色差の拡大や色盲モデルの近似手法による色弱補正方式等が提案されたが、個々人の色知覚が客観的に定められないため色弱補正の基準は知られておらず、個人差への対応、色弱者に一般色覚者と同様な色を見せることは原理的に難しかった。
 そこで本論文は、リーマン幾何の理論に基づく発想から人間の色弁別閾値に基づき、個々人に合わせて色弱者に一般色覚者と同様な色を見せる色覚補正方式を提案した。 人間が見る色を定めることは難しいが、色のわずかな違いを区別する性質、つまり色弁別閾値データは客観的かつ定量的に観測可能である。閾値は色毎に異なるため人間の主観的な色空間は複雑に歪んでおり、その歪みの個人差が個人特徴を表すと考えられる。このような歪んだ空間を扱う数学的手法としてリーマン幾何学を用いることで、各色の色弁別閾値と色分布全体の主観的色差を結びつけ、色弱者と一般色覚者が見る色の対応と、色弱補正の客観的な基準が得られた。
 この基準により、色弱者と一般色覚者の色空間の違いを両者の色弁別閾値の比から定まる"色弱度"により記述し、その違いをなくすための簡便で工学的な補正法が提案された。また色弁別閾値を実測し、提案方式を自然画像でシミュレーションして定量的・主観的な両面から評価を行い、補正効果が確認されている。 本手法は、色弱補正に客観的且つ厳密な補正基準を与えることで、色弱者に一般色覚者同様の色知覚を提供する新しい提案である。個人に合わせた補正を可能とした新規性、自然画像へ適用できる実現性は、高く評価できる。また、他分野への応用も期待される。

CLOSE