論文賞 推薦の辞
ウェーブレット解析に基づく 伝搬損推定モデルの精度評価法
今井 哲朗
(和文論文誌B 平成24年10月号掲載)

今井 哲朗
 携帯電話に代表される移動通信システムは,1960年代後半に奥村氏により提案された電波伝搬に関するコンセプトを基に設計されている.本コンセプトは移動局の移動に伴う受信電力の変動に対するものであり,具体的には受信電力の変動を空間的なスケールにより,瞬時値変動:数十波長の短い区間(短区間)内で観測される瞬時値の変動,短区間中央値変動:数十〜100m程度の区間(長区間)内における瞬時値の短区間内中央値の変動,長区間変動:短区間中央値の長区間内中央値の変動,に分類してモデル化するものである.ここで,伝搬損推定とは受信電力の変動を推定するものであるが,主な対象は移動通信システムの無線回線設計やセル設計(基地局の配置設計)において必須となる長区間変動であり,その推定モデルの代表が奥村・秦式である.
 現在,移動通信システムはスマートフォンの普及等によりトラヒックが激増しており,システム容量を増やすために小セル化が進められているとともに,より綿密なセル設計が求められている.すなわち,伝搬損推定には長区間変動とともに短区間変動特性をも対象とするモデルが必要となる.そこで,これまでに多くの新たなモデルが提案されてきた.しかし,それぞれのモデルは前提とする"短区間"の定義がまちまちであることから,それらの優劣を一律に評価するのはこれまで極めて困難であった.
 本論文は,奥村氏以来続いてきた"受信電力変動は空間的なスケールにより分類してから評価する"という前提を見直し,"受信レベル変動は空間的なスケールに対して連続性をもって評価する"と評価に対するコンセプトを大きく変換している.また,本論文の提案法は,対象とする伝搬損推定モデルの推定精度を"推定可能とする空間的な分解能"とともに評価できる点が大きな特徴である.これはモデルの"実際のセル設計における綿密さの限界"を明確化できることを意味しており,実際のセル設計において極めて重要な情報となる.
 以上のように,本論文は独創性と実用性に優れ,その価値は高く評価できる.

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