論文賞 推薦の辞
FIFOキューのパケット廃棄確率に対するIS法を用いたオンライン推定
小林信裕 ・ 中川健治
(和文論文誌B 平成24年5月号掲載)
小林信裕 中川健治        
 本論文では,FIFO(First-In First-Out)キューにおける非常に小さいパケット廃棄確率をインポータンスサンプリング(IS)シミュレーション法を利用して精度良く高速に推定する新たな方法を提案している.シミュレーションにはネットワークシミュレータNS-2を用いている.
 NS-2を用いてパケット廃棄確率を推定する場合,モンテカルロ(MC)シミュレーション法によるのが一般的である.しかし,推定すべき廃棄確率が非常に小さい場合,MC法では注目するパケット廃棄事象がなかなか発生せず,シミュレーションに時間がかかり,また推定値の信頼性も低い.そこで,シミュレーションの高速化と推定精度の向上のためにIS法を適用する.IS法は実際の確率分布と異なる確率分布を使用して小さい確率の事象をより多く発生させ,得られた値を補正して目標とする確率を得る方法である.
 通常,IS法では,パケット廃棄事象がMC法よりも多く発生するように到着レートを上げてシミュレーションを行う.しかし,実際のネットワークにおいて,到着レートを上げてユーザトラヒックを実際と異なるものにすることはできない.そこで,本論文では,処理レートを下げてキュー長を伸ばす新たなIS法を提案している.それによって,ユーザのトラヒックをそのまま観測して,ネットワーク側だけの処理でIS法を実行できる.具体的には,ネットワーク側で実際のパケット処理と並行して仮想的に遅いパケット処理を行って仮想的なキュー長を伸ばす.遅いパケット処理をするのにNS-2がイベント駆動タイプのシミュレータであることの特徴を生かして,FIFOキューへのパケット到着(enqueue)イベントとキューからの送出(dequeue)イベントのみを制御時点として仮想キュー長を変化させている.本論文で以下の結果が得られている.
 @ 処理レートを下げてキュー長を仮想的に伸ばす「オンラインIS法」の提案とそのNS-2への実装.
 A パケット廃棄確率の推定値の分散を最小にする,いわゆる最適な処理レートの理論的な決定.
 その結果,ある現実的な条件の下でMC法と比較して約4,000倍の高速化を実現している.
 以上のように,本論文は実用的にも理論的にも貢献するところが大きく,論文賞としてふさわしい成果である.

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