論文賞 推薦の辞
Glitch PUF:Extracting Information from Usually Unwanted Glitches
清水孝一 ・ 鈴木大輔 ・ 粕谷智巳
(英文論文誌A 平成24年1月号掲載)
清水孝一 鈴木大輔 粕谷智巳      
 本論文は,論理回路の過渡状態に発生するグリッチを利用する新しいPUF方式を提案したものである.暗号技術の利用に不可欠な秘密情報を安全に格納するための耐タンパ性と呼ばれる性質を,汎用LSI上で安価に実現可能な技術として,PUF(Physical Unclonable Function)が期待を集めている.PUFは,LSI等の人工物が持つ複製困難な物理的特徴量に応じて,与えられた入力に対する出力を返す関数であり,各人工物に対して偽造や複製が困難な固有情報を生成可能にするものである.  現在,汎用LSI上で実装可能なPUF方式は,メモリセルの特徴量を利用するSRAM PUFと呼ばれる方式と,回路遅延のばらつきを利用するDelay PUFと呼ばれる方式に二分される.Delay PUFは,固有情報の生成タイミングに制約がない点や,設計段階での性能評価が比較的容易な点が利点であるが,既存の幾つかのDelay PUFは線形モデルで表すことができ,機械学習で攻撃可能であることが知られている.そこで,それらに非線形性を導入した改良提案がなされている.一方,本論文は既存のPUFに基づかない,非線形な現象を利用した新しいDelay PUFの実現を目指し,論理回路の出力信号の過渡状態にパルスが発生するグリッチと呼ばれる現象に着目した.グリッチは,発生パターンが個々のLSIの遅延特性に依存し,かつ,入力に対して非線形な現象であることから,グリッチを利用できれば機械学習攻撃に対して安全なPUFを実現できる.
 本論文は,論理回路としてAES暗号のS-box回路を用いて固有情報の生成に十分な量のグリッチを発生させ,更に,高速な現象であるグリッチの波形を正しく捕捉できるサンプリング回路を構成して,グリッチPUFの実現性を示した.また,ビット生成のみが必要で波形が不要であれば,トグルフリップフロップを用いた小形かつ高速な回路で実現可能であることも示した.そして,FPGAを用いた実装評価結果から,グリッチPUFが十分な基本性能を持つことを示した.本論文は,非線形な現象を利用した新しいDelay PUFを提案し,その実現性を示した点で,理論上も実用上も意義のある,高く評価できる内容である.

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