論文賞 推薦の辞
Implementation of Stack Data Placement and Run Time Management Using a Scratch-Pad Memory for Energy Consumption Reduction of Embedded Applications
Lovic Eric Gauthier ・ 石原 亨 
(英文論文誌A 平成23年12月号掲載)
Lovic Eric Gauthier 石原 亨        
 組込みプロセッサの市場は1990年代から急速に成長し,現代におけるスマートフォンやタブレット端末などの製品を生み出す大きな原動力となった.組込みプロセッサは,制御用マイコンに比べてはるかに性能が高いことに加え,パソコン向けのプロセッサに比べて大幅に消費エネルギーが小さい.消費エネルギーが小さいという特徴は,携帯機器のバッテリー駆動時間を拡大するだけでなく,チップの発熱による信頼性低下や冷却コスト増大の問題を軽減する.一方で,組込みシステムの多くは,その機能の大部分をソフトウェアによって実現するため,プログラムやデータへのアクセスに伴うメモリの消費エネルギーが,今日のプロセッサにおける大きな問題となっている.
 本論文は,こうした組込みプロセッサにおけるメモリの消費エネルギー問題を軽減する手法を提案したものである.特にスタックアクセスに伴う消費エネルギーに着目し,コンパイラ最適化の立場から斬新なアプローチを提唱している.CPUのスタックアクセス回数は,全データアクセス回数のおよそ半分を占めるため,スタックアクセスのエネルギー削減はプロセッサ全体のエネルギー削減に大きく貢献する.チップ上のキャッシュメモリを利用することによりデータアクセスの消費エネルギーを削減可能であるが,キャッシュアクセスにはタグメモリや複数のキャッシュブロックへの同時アクセスを必要とするため,キャッシュメモリ自体の大きなエネルギー消費が問題となっている.著者らは,スクラッチパッドメモリ(以下SPM)と呼ばれる小形で消費エネルギーの小さいメモリを利用し,データアクセスの消費エネルギーを削減する方法を提案した.SPMは小容量であるため消費エネルギーは小さいが,スタックデータの全てをSPMに格納することは難しい.そこで,本論文は,複数に分割したスタックフレームの断片をSPMに配置するかしないかをコンパイル時に決定する問題を整数計画問題として定式化し,SPMの利用率を最大化することによりスタックアクセスの消費エネルギーを大幅に削減することに成功した.以上のとおり,本論文は,組込みシステムの消費エネルギー問題に対する新しい解決法を与えたものであり,極めて高く評価できる.

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