論文賞 推薦の辞
Four Limits in Probability and Their Roles in Source Coding
古賀弘樹
(英文論文誌A 平成23年11月号掲載)

   古賀弘樹
 情報理論は,符号化によって得られる最大の性能を明らかにする学問である.中でも,1993年にHanとVerduによって提案された情報スペクトル的手法は,記憶のある極めて一般的な情報源や通信路の符号化を扱うことができる新しい枠組みとして世界的にも広く認知されている.特に一般情報源Xの固定長符号化の問題では,1シンボル当りの自己情報量の分布(エントロピースペクトル)の右端点H (X)と左端点H(X)が基本的かつ重要な役割を果たすことはよく知られている.
 本論文の最大の貢献は,情報スペクトル的手法における基本的な量があと二つあることを,様々な根拠を示しながら明らかにしたことである.本論文ではまずH*(X),H*(X)という二つの量が定義され,H (X), H(X)を含めた四つの量の大小関係が明らかにされる.H*(X),H*(X)は,それぞれエントロピースペクトルの別の意味での右端点,左端点と見ることができる.それぞれの固定長符号化における意味も明らかにされる.
 基本的な量が二つから四つに増えたことは,情報スペクトルの理論に更なる広がりと雄弁さを与える.通常,H(X)=H (X)を満たす情報源は強逆性を持つ情報源と呼ばれるが,本論文では,例えばH(X)=H*(X)を満たすようなほかの情報源を考えることができ,その性質を明らかにできる.更に,量子情報理論の分野でも近年注目されているsmooth Re´nyiエントロピーについても考察がなされ,4通りの極限の取り方を考えると,それぞれが本論文で扱われる四つの量に一致することが示される.また,エントロピースペクトルの幅についても,その下界が,H*(X)とH*(X)を用いて表されることが明らかにされている.
 本論文の手法は,情報理論におけるほかの符号化の問題に対しても適用することができる.著者は既に,同様の手法を相関のある複数の情報源の分散符号化の問題に適用した論文を公表している.本手法は,情報源符号化に限らず,ある種の通信路符号化の問題に適用することも可能であろう.本論文は,情報スペクトル理論に更なる深化をもたらす一つの方法論を確立したという意味で高く評価できる.

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