功績賞 推薦の辞
小 林 欣 吾
  小林欣吾君は,昭和45年東京大学大学院工学系研究科修士課程を修了され,大阪大学基礎工学部生物工学科助手を経て,平成元年電気通信大学情報工学科助教授となられ,平成5年同大学教授に昇任されました.その後,平成11年電気通信大学の改組に伴い情報通信工学科教授に着任され,初代の学科長を務められています.昭和63年から平成元年には米国・コーネル大学客員研究員に,また,平成5年から7年にかけてドイツ・ビーレフェルト大学の客員教授に就任されています.平成21年に電気通信大学を定年退職された後,平成24年9月まで独立行政法人情報通信研究機構上席研究員,R & Dアドバイザーとしてネットワークセキュリティ研究所にて助言指導をされるとともに精力的に研究に打ち込まれてきました.
 同君の研究面における業績としては,シャノン理論,マルチユーザ情報理論,記憶通信路の研究,計算機科学における組合せ論的構造に対する符号化などにおいて顕著な成果を上げられています.特に,本会の重要な理論的基盤である情報理論の研究を長期にわたり継続され,我が国の情報通信の工学的理論的基盤確立に貢献されてきました.我が国におけるマルチユーザ情報理論の先駆けとなる研究を1970年代後半から開始され,世界的な成果を上げられるとともに遅れていた日本の情報理論研究をけん引されてきました.特に,ワイヤレス通信システムを支える理論面における未解決問題であった干渉通信路容量決定問題に対して,1981年の論文(韓太舜氏との共著)で示された達成可能な伝送レート領域は「Han-Kobayashi Region」として知られており,30年を経た現在に至るも,この領域を越える符号化法は見いだされていません.この論文で与えられているアイデアを現実のワイヤレス通信に生かそうという試みが,欧米の最先端通信技術者や研究者によって現在熱心に追求されており,その論文の被引用回数は800回を超えて現在も増え続けています.すなわち,この論文は干渉通信路の理論及び実用研究分野において世界的に最も重要な論文の一つとなっています.また同君は,隠れマルコフ情報源の同定問題の提起とその解決への道筋を付けたことや,置換中継通信路の通信路容量を決定し,有限状態通信路の困難な側面に新しい洞察を加えたことなどでも知られています.
 教育面では,電気通信大学等において学部・大学院の多くの授業を担当され,入門レベルから研究者レベルまでの著書を出版されています.特に,「情報の符号化と数理」(韓太舜氏との共著,岩波応用数学講座,改訂版は培風館)は米国数学会から英訳版も出版され好評を博しています.
 学会活動の面では,国内外の情報理論に関する多くのシンポジウム等の企画・運営にあたられ,本会の基礎・境界ソサイエティ会長や情報理論研究専門委員会委員長,更に情報理論とその応用学会会長など,多くの要職を歴任されるとともに,IEEE IT TransactionsのAssociate Editorを務めるなど国際的な活動にも力を注がれてきました.特筆すべきは,同君が基礎・境界ソサイエティ会長職のとき,国内の情報理論研究組織の統合一元化を図り,国際的にその存在感を高めるために,本会の外にあった「情報理論とその応用学会」を基礎・境界ソサイエティのサブソサイエティに移行させるきっかけを作られています.
 以上のように同君は,日本の情報通信分野の基礎的理論的研究分野において世界からも高く評価され,長年にわたり注目される業績を残されたことにより,本会の功績賞を贈呈するにふさわしい方であると確信致します.

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