業績賞 推薦の辞
一般化学習ベクトル量子化によるパターン学習方式の開発と実用化
佐藤 敦
佐藤 敦          
 実世界の事象を把握するとともに,そこから有益な情報を抽出・分析し,結果を実世界にフィードバックすることは,今日の豊かで快適な社会を支える上で極めて重要である.パターン認識はその要となる技術であり,人を目視作業から解放するだけでなく,コンピュータによる大量かつ高速な処理能力によって,人手では得られなかった新たな価値を生み出す技術として,近年更に期待が高まっている.
 パターンを効率良く認識する方法として,学習によって参照パターンを自動生成する学習ベクトル量子化や一般化確率的降下法が知られる.パターン認識の高精度化には学習の収束性が求められるが,これら従来法には収束の不安定性に伴う精度低下の問題があった.受賞者は,参照パターンが多次元空間内を引力と斥力を受けながら移動することに着目し,従来法ではその力学的平衡点である収束解が無限遠にあるため,有限時間ではその収束解に到達できないことを,世界で初めて理論的に示した.更に,有限位置に収束解が存在することを保証する新しい学習基準の開発にも成功し,参照パターン自動生成の収束性に関わる問題を解決した.その学習基準は,どんな識別器の学習にも適用できる汎用的なものであり,これを基に受賞者が開発した参照パターンの学習方式「一般化学習ベクトル量子化(GLVQ)」は,認識精度の高い多層ニューラルネットやサポートベクトルマシンの適用が難しい大規模な多クラス識別問題に対しても,実用的な精度を実現している.
 GLVQは,開発当初は郵便区分機や専用帳票向け端末OCRなどの文字認識部として実用化されてきた.漢字は文字種(クラス)が3,000以上もあるためパターン認識にとっては難しい課題であるが,本技術によって多クラスの大規模学習が可能となり,高精度な読取りを実現した.また,手書き文字は民族や地域で書体に違いがあり,それに合った認識辞書を用いないと読取り精度が低下する問題があったが,本技術の導入によって現地での高精度な認識辞書作成が容易となり,各国での文字認識技術の実用化を加速した.このように,本技術は国内外の多数の郵便区分機に搭載され,郵便配達の効率化や迅速化に多大な貢献をしている.
 近年はそれに加え,安心安全な社会の実現に向けた顔認証などの新たな映像監視分野でも実用化を進めている.本技術を搭載した顔認証システムは,香港での入境管理をはじめ,各国の入国管理局で導入が始まっており(図1),入国審査の厳格化によって世界中の安心安全実現に実績を上げつつある.一方では,アミューズメントパークでのゲートに顔認証システムを導入し,年間入場券保持者の本人確認を顔で行うといった,エンターテイメント性とセキュリティの同時実現も果たしている.更に,2010年に行われた米国国立標準技術研究所(NIST)によるベンチマークでは,NECの顔認証システムは認証精度で世界1位を獲得し(図2),受賞者が開発した技術はこれに大きく貢献している.本技術の特長は,あらゆるパターン認識問題に適用できることであり,今後も情報の価値化に係る多様な応用への展開が期待される.


図1 香港入境管理システムの顔認証ゲート


図2 NIST 顔認証ベンチマーク結果
他人受入率(FAR)が D.N% のときの本人拒否率(FRR)の比較.NEC は他社の約N/ND とエラーが少ない.

 以上のように,受賞者は新しいパターン学習方式の研究開発を通じて,複雑で多様な認識問題に対して汎用的で高精度な多くのシステムを実現してきた.また同技術を国際展開し,郵便配達の迅速化,効率化や,顔認証システムなどの新市場開拓に成功するなど,その貢献は極めて顕著であり,本会業績賞にふさわしいものである.
 
文献
(1) 佐藤 敦,山田敬嗣,“新しい誤分類尺度を用いた学習ベクトル量子化の定式化,”信学論 (D-II), vol.J82-D-II, no.4, pp.650-659, April 1999.
(2) A. Sato and K. Yamada, “Generalized learning vector quantization,” Advances in Neural Information Processing Systems 8, pp.423-429, MIT Press, 1996.
(3) A. Sato, “A formulation of learning vector quantization using a new misclassification measure,” Proc. of 14th ICPR, Brisbane, vol.1, pp.322-325, 1998.
(4) A. Sato and K. Yamada, “An analysis of convergence in generalized LVQ,” ICANN98:Proc. of the 8th Int’l Conf. on Artificial Neural Networks, pp.170-176, 1998.
(5) A. Sato, “Discriminative dimensionality reduction based on generalized LVQ,” Artificial Neural Networks-ICANN 2001, LNCS 2130, pp.65-72, Springer, 2001.
(6) A. Sato, H. Imaoka, T. Suzuki, and T. Hosoi, “Advances in face detection and recognition technologies,” NEC J. of Adv. Tech., vol.2, no.1, pp.28-34, 2005.
 

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