業績賞 推薦の辞
3次元ディジタルアーカイビング技術の研究開発と海外コンテンツへの応用展開に対する貢献
池内 克史
池内 克史          
  金閣寺炎上やバーミヤン大仏の破壊などの例を見るまでもなく,人類の貴重な財産である文化財は,日々天災人災のために失われつつある.これらの文化財をディジタル化し,記録として残す手法の必要性は言うまでもない.受賞者の研究は,文化財のディジタル化のため,文化財の三次元の正確な形状やその表面反射特性をも含む精緻な見え方を自動的にモデル化できる手法を提案したものである.
 受賞者は,現在Physics-based Visionとして知られる分野の創始者の一人である.受賞者は,1980年代に,それまでの画像処理が経験的にフィルタリング処理を繰り返し,場当たり的に処理結果を得るものが多かったのに対し,画像の生成過程に注目し,光学や物理学の原理原則に立ち戻り,画像生成の各ステップを精密にモデル化し,これの逆モデルを用いて,頑健に解を得るというPhysics-based Visionの分野を開始した
 1990年代に入り,受賞者はこのPhysics-based Visionの考え方を,画像プロセスだけでなく,実物体の観察からのモデル化にも導入した.すなわち,得られた実画像から画像生成過程の逆ステップを遡り,実際の三次元物体に至るまでの逆モデルを構築し,これを用いて画像から三次元物体のモデルを計算機内部に表現するものである.受賞者らの一連の研究により,1990年代半ばには,屋内の物体に対して適用可能な手法の体系が完成した.この分野の研究は,その後Modeling-from-realityあるいはImage-based-modelingと呼ばれる分野に成長した
 2000年代に入り,受賞者はこの分野を通して社会的貢献度を上げるため,モデル化すること自体に社会的価値がある分野として,文化財のディジタル保存という分野へこのModeling-from-realityの基礎理論を適用することを開始した.この際,文化財の多くが屋外に存在することを鑑み,屋外での大型文化財への適用を主目標とし,まず,鎌倉の大仏のモデル化を試みた.その後,奈良東大寺大仏やカンボジアのバイヨン寺院と次第に大型の文化財へとその対象を拡大している
 この過程で,数多くの研究テーマが掘り起こされ,10編ほどの博士論文として花開いた.例えば,大型文化財では,高度な位置から画像を得る必要のある場合が多々あり,この条件を満たす気球形距離センサの開発を行った.1回の観察から得られる情報は文化財の部分情報であることから,全体のモデルを得るためにはこれらの情報をジグソーパズルのように張り合わせる高速な手法が必要でこれの開発を行った.更に,張合せを繰り返し行うと誤差が蓄積するという問題を回避するために,全体のデータを計算機の上で考慮する同時張合せ手法も開発した.また,同時張合せの際の計算時間の短縮とメモリオーバフローを並列計算により回避した.文化財は太陽光の変化によりその見えが変化する.この見えの補正問題を解決する手法を開発した.


図1. カンボジアのバイヨン寺院の三次元モデル

 受賞者は,これらの手法の体系を駆使して,従来困難とされていた屋外大規模構造物のモデリングを世界に先駆けて実現し,カンボジアのバイヨン寺院や奈良東大寺大仏など世界各地の文化財のディジタルアーカイブを実現した.これらのアーカイブされたデータを用いて,東京国立博物館東洋館のバイヨン寺院VRシステムや九州国立博物館の九州彩色古墳展示システムが作成され一般公開されている.
 受賞者のこれら一連の成果は,国内外で高く評価されIEEE Fellow(1998), IEEE-CS ICCV Significant Researcher Award(2011),紫綬褒章(2012)などを受賞している.これらの受賞歴や上に述べた業績からも分かるように,受賞者の功績は極めて顕著であり,本会業績賞にふさわしいものである.
 
文献
(1) K. Ikeuchi and B.K.P. Horn, “Numerical shape from shading and occluding boundaries,” Artif. Intell., vol.17, no.1-3, pp.141-184, 1981.
(2) T. Kanade and K. Ikeuchi, “Introduction to the special issue on physical modeling in computer vision,” IEEE Trans. Pattern Anal. Mach. Intell., vol.13. no.7, pp.609-610, 1991.
(3) S.K. Nayar, K. Ikeuchi, and T. Kanade, “Surface reflection:Physical and geometrical perspective,” IEEE Trans. Pattern Anal. Mach. Intell., vol.13, no.7, pp.661-634, 1991.
(4) Y. Sato, M.D. Wheeler, and K. Ikeuchi, “Object shape and reflectance modeling from observation,” Proceedings of ACM SIGGRAPH, pp.379-387, 1997.
(5) M.D. Wheeler, Y. Sato, and K. Ikeuchi, “Consensus surfaces for modeling 3D objects from multiple range images,” Proc in International Conference on Computer Vision, pp.917-924, 1998.
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(8) K. Ikeuchi, T. Oishi, J. Takamatsu, R. Sagawa, A. Nakazawa, R. Kurazume, K. Nishino, M. Kamakura, and Y. Okamoto, “The great Buddha project:Digitally archiving, restoring, and analyzing cultural heritage,” Int. J. Comput. Vis., vol.75, no.1, pp.189-208, 2007.
(9) K. Ikeuchi and D. Miyazaki, Digitally Archiving Cultural Objects, Springer, 2008.
(10) D. Miyazaki, K. Hara, and K. Ikeuchi, “Median photometric stereo as applied to the Segonko Tumulus and museum objects,” Int. J. Comput. Vis., vol.86, no.2-3, pp.229-242, 2010.
 

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