巻頭言

「融合」と情報システム研究

フェロー 坂内 正夫
東京大学生産技術研究所 所長

 筆者が所長を勤める東大生研はこの4月東京駒場の新キャンパスに移転し「新生東大生研」として出発した。京都駅ビル等の設計で知られる原広司のデザインによる約50000㎡の21世紀型新営建物を含む新キャンパスである。しかし、新生の由縁は建物や設備のハードウェアだけではない。その研究スタンス体制も従来の大学にはない新しい中味を指向し、今問われている「大学の研究・教育は社会にとって何なのか」の解答の1つを出そうとしている。
 その中心的なキーワードは、「3つの融合」である。即ち、第1は、既存の工学分野を融合して新しい工学価値を生むための「ダイナミック融合」、第2はマイクロメカトロニクス国際研究センター、などの3つの国際研究センターの設立や、パリ生研オフィス開設等に代表される「国際融合」、第3は、独自の産学共同研究プログラムやTLOに代表される「社会・産業界との融合」である。特に、「ダイナミック融合」は東大生研の基本理念であり、これからの工学は人と社会に新しい価値を創成し、あるいは課題に対するソリューションを出力しようとするものである。それには既存の分野の研究を試行錯誤を許して融合させ、探査的研究を行って、その中から有望なものを創出、発展させることである。新生生研では、分野融合研究の企画・プロモーション機構や基盤分野(3大部門)と研究戦略化機構という研究システム等によりこれを推進している。この結果、最近ではマイクロメカトロニクス、コンテンツ指向情報処理、ITS、地域環境技術、ナノエレクトロニクス、等々、他では少ない分野融合型研究グループを数多く立ち上げている。
 筆者は以上の「ダイナミック融合」の理念は我々の電子情報通信や情報システムの技術やビジネスのこれからの重要な方向性とも一致すると考えている。従来、この分野は、人や社会の活動に直接的に関わるというより、それを支えるための手段を、できるだけ汎用な形で効率よく提供することが多かった。安くて高速な汎用デバイス、汎用コンピュータ、中味にはタッチしない通信、何が映ってもよいカメラ/TV等々である。そして、それで十分に発展できてきた。しかし、これらが国際的な関係で飽和してきた今、人と社会の活動にもっと直接的に関わるサービスコンテンツ形成自身にインボルブする方向に発展する必要がある。「お客さん」とか「応用分野」とか今まで考えていたfieldを、「ターゲット分野」とする姿勢である。そして真の「人と社会へのソリューション産業/分野」にするキーワードは「融合」である。先ず「ターゲット」と融合すること、次いで付加価値形成のために何をすればよいのかを明確にすることである。例えば、マルチメディア/映像処理を例にとれば、「交通事故を半分にするためには」、「文化財を後世に残すためには」、…映像情報から何をセンシングし、どうコントロールすればよいか、といういわばソリューションレシピを用意していくというようなことである。いずれにせよ、今混乱の時代である。しかし、チャンスでもある。大学や研究所、研究分野についてもこのような方向で前向きに考えたい。