巻頭言

自分のFACEと出会う

辻井 重男(中央大学)
元電子情報通信学会会長
電子情報通信学会編集長

朝日新聞の夕刊に連載中の「自分と出会う」は、宗教、哲学、文学などの分野で自己の内面を見つめ掘り下げることを日常的に行っている方々によって執筆されていて興味深いが、筆者のような俗人にも、自分に出会うことがないわけでない。
私事になるが、筆者は、中学・高校時代から、歴史、文学、哲学などに惹かれ、大学は文学部へとも考えたが、数学のもつ美しさへの未練も絶ち難く、結局、情報通信理論を専攻するに至った。
1970年代に公開鍵暗号が提案され、その数学的構造に魅力を感じて以来、暗号理論と情報セキュリティを主なテーマとして研究を進めてきた。公開鍵暗号は、情報ネットワーク世界で人物、金、情報の本物性を保証する技術であり、数論的代数幾何などの数学最前線の鉱脈を探りつつ発展し続けている。
暗号は、情報セキュリティの中核的技術であるが、安全なネットワーク社会を築くためには技術のみでなく、組織・法制度、倫理等からの総合的対応が求められている。また、暗号が歴史の舞台裏で大きな影響を与えてきたことは、様々なエピソードによって知られている。
大学卒業以来、永らく、心底惚れ込むテーマに巡り会えなかった筆者は「人生五十功無キヲ愧ズ」という年齢に近くなって、暗号という数学、倫理、歴史などが交差する世界に自分の居場所を定め、始めて自分に出会ったと思えるようになった。ネットワーク社会は、人々の個を解放し、自由を拡大する面をもつ中で、自己を発見し、個性を伸ばすことが、益々期待される。
意味合いは異なるが、ネットワーク社会を安心して住めるようにするためにも、自分との出会いを深めねばならない。サイバースペースは、匿名・匿顔の世界である。日本は恥の文化と言われるが、顔の見えないネットワークの中での恥はかき捨てではこれからの社会は成り立たない。心の中の鏡に己の顔を写しだし、カントのいう自律的モラルを高めていかねばならない。
さて、中嶋Dソサイエティ編集長からのFACEのことなど書いて欲しいとの執筆依頼もあって標記のタイトルを考えたのだが、これまで、言ったり書いたりしたこととも重複することをお許し頂いて、FACEの由来について触れておきたい。
笠原元基礎境界(A)ソサイエティ会長の提案により、情報通信倫理研究会が第三種研究会として生まれたのは5年前のことであった。2年間の準備期間を経て、95年第一種研究会として発足するに当たり、筆者が初代委員長を仰せつかることになり、事務局から、情報通信倫理研究会の英文名と通称を何にしますかと聞かれ、咄嵯に、Forum on Advanced Communication Ethics、略してFACEが頭に浮かんだ。顔学の創始者原島Aソサイエティ会長(当時)から、人間は顔が見えないと邪心を起こすという含意かと聞かれ、以後そういうことにしている。
さて、中世ヨーロッパのキリスト教世界では、人々には神様の顔がはっきり見えていたらしい。17世紀に入るとキリスト教道徳にかげりが見えはじめると同時に、神様の顔も少しぼやけてきた。こうした17世紀に対する18世紀の回答がカントの道徳律であったという。カントは神の首を切ったとまで言われたが、そう簡単に神様を切れるものではないだろう。神というメインフレームを、人それぞれの理性というパソコンに分散配置したのである。いずれにしても道徳の根源は神またはそのエージェントたる人々の理性にあり、カントの道徳論では道徳は何らかの目的遂行のためではなく、”如何なる目的達成の可能性が失われてなお灼熱して輝くもの”とされる。いわゆる定言命法であり、これを義務論的立場という。これに対し、ベンサムやミルの「最大多数の最大幸福」という評価関数を道徳の目標に掲げる立場は目的論的立場と言われる。極端な場合には”如何なる道徳も革命遂行のための道具である(カウツキー)”となる。これは危険思想というものだろう。
FACE研究会では、情報通信の専門家に加えて、哲学、法学等多様な分野の人々が集い活発な議論が展開されている。例えば、道徳論には上に述べたように義務論立場と目的論立場があり、これを情報通信倫理の観点からどう考えるかといった問題提起が若い倫理学者から出されたりする。筆者の考えでは単純な発想かも知れないが、倫理にも基本層と応用層という階層があり、義務論は基本層に、目的論は応用層に適用すべきものと大雑把に言えるようにも思える。これに罪の文化vs恥の文化をからませて考えてみてはどうだろうか。
いずれにしても住み良いネットワーク社会のため、応用層のルール作りは重要であり、FACE研究会では、上園忠弘氏を主査とする”情報通信倫理綱領試案策定作業部会”を設けて、綱領案を作成し、現在、各ソサイエティに照会し、有益なご意見を頂いている。
一方日本学術振興会の未来開拓研究の一つとして、今春から”電子社会システム研究分野推進委員会”が設けられ、経済、法制度、倫理等を柱としていくつかのプロジェクトを発足させることとなった。委員には倫理学の加藤尚武先生はじめ、竹内啓、北川善太郎、石黒一憲ら人文・社会科学系の先生方、池上徹彦NTT-AT社長(本会元総務理事・監事)がおられ、私が委員長を仰せつかり、現在プロジェクトを立ち上げている。いずれのプロジェクトも学際的に、かつ国際的視野の下で進めようとしているが、情報倫理についても、諸外国の資料、文献の収集・分析を含む壮大な構想のプロジェクトとなりそうである。プロジェクトは、FACE研究会で活躍しておられる土屋俊千葉大教授、水谷京大助教授などを中心メンバーとして構成されているので、今後、FACE研究会とも連携協力して行きたいと考えている。
FACE研究会の委員長は筆者のあと、長尾京大総長(本学会現会長)、田崎愛媛大教授、そして現在、笠原京工大教授がIEEEのSocial Implication Societyとも連携しつつ務めている。
さて、これまでのFACE研究会への参加者は大学人が多く、企業の方の参加が少ないのが問題となっている。我々は、情報通信倫理を、技術、組織、法制度と合わせて情報セキュリティの一環と考えている。従来、情報セキュリティは付加的でローカルなものという位置付けてあったが、実は、社会変革力を秘めたインフラストラクチャであるとの認識が漸く企業トップの方々にも理解され始めている。最近では、経営理念に直結する形でセキュリティポリシーや倫理綱領を定める企業も少なくない。企業の若い研究者も是非FACEに顔を出して議論に加わって頂くことをお願いして、巻頭言としてはやや長めの駄文の筆ならぬキーボードをおくこととする。