巻頭言

若手エンジニアヘの期待

山本卓眞(富士通)

1.「近頃の若い奴等は」と年寄りはいう。ところが数千年前のエジプトの古文書にも、近頃の若い奴等は、という言葉があるそうで、人類はそう言い続けながらも破滅するどころか、大いに発展、繁殖し続けている。従って近頃の若い奴等は結構有望で、年寄りの繰り言などは大抵に聞いておけばよいと言うことになる。しかし年寄りが若者を窘めるからこそ世の中の健全性が保たれるのだと言う一面もあろう。技術の世界では、近頃の若い人々に期待しなければ将来は無いのは自明である。筆者の若い頃は欧米のレベルに追いつくのが精一杯で、1960年頃に英国の学会誌に論文が載ったのが最大の喜びであった。近年では、欧米と肩を並べるのは勿論、大きく水準を越える業績も多々見られるようになってご同慶の至りである。若い方々は、「自信を持って」課題に取り組んでいただきたい。
2.手短かに「二人の天才」のことを語ろう。まずコンピュータの天才と言われた池田敏夫 (1923~1974)は、絶対に誤った答えを出さないリレー式計算機を独創した。富士通三奇人の一人とも言われ、出勤常ならず、相手が役員でも容赦なく喰ってかかったが、己の説を通す為の知恵と闘志をもっていた。同時に、己のよき理解者を持ち、その後盾の下で大仕事を成した。もう一人はかつてAmdahl Corp. のChairmanだった Dr.Amdahl。有名なIBM360のアーキテクトで、彼の路線は当時大成功を納めたのみならず、そのアーキテクチャは、この変転激しい情報産業の中で、若者の手直しはあったものの、30年余の命脈を保った。換言すれば、未来に対する素晴らしい洞察力と言えるだろう。彼は後盾を社内には見出せず、独立して、Ventureで金喰い虫の大型機を開発しようと決意した。後盾やら同志やらとなったのが天才池田である。主張の激しい二人の天才は、意気投合したり強く反発しあったりであったが、周囲の支持者達の協力で、プロジェクトは成功した。優れた技術的な発想でも、同志、後盾などがないと実現しないし、それを得る為には、かなり強い自己主張、説得力、知恵といったものが必要であることを教えられる。筆者の経験の一つだが、或る発想を得て上司に提案したところ、全く採り上げられず、二年位後になって会社がちょっとした苦境に入り、そこで再提案して採用され、お役に立ったということもあった。ここでもアイデアの実現には粘りも努力も相当必要なことが理解されよう。
3.「凡人でも」やり方次第では、一歩も二歩も抜きんでた仕事をすることができる。天才は、集中の天才とも呼ばれるが、一般人でも己の得意分野に集中、継続すれば、そうしなかった人よりはずっと先が読めるようになるし、識見も高まる。筆者の経験によれば、凡人と天才とは不連続なものではなく中間的な人々も多く存在する。これまた次の世代の人々にやる気を起こしていただきたいポイントである。
4.情報通信分野でも「技術限界」が論じられている。半導体では量子限界、磁気ディスクでは記録密度の限界、光通信でも1テラビット毎秒が限界などと言われている。若手エンジニアは限界説に挑戦して、限界を大きく越えたり、ブレークスルー型の研究開発をやっていただきたいものである。技術者には夢があるべきであって、その実現に若い情熱を燃やすことこそ生き甲斐と言うものであろう。年を経て振り返って見ると、成功しなくても充実した懐かしい思い出となるし、成功すれば技術者冥利というものであろう。また失敗は完全な零点ではなく、一つの技術所産として、自己にも他にも有用なデータであるのは勿論である。先進国は先端技術ないし高付加価値製品を生みだし続けない限り、後に続く国々に追いつかれて競争力を失う。技術者達の努力は単に個人や会社などへの貢献ばかりでなく、我が国の経済水準の維持、上昇に役立ち、ひいては世界経済の発展に役立つ。
5.「ソフトウェア」についての日本の力がしばしば問われている。確かにパーソナルコンピュータなどのソフトウェアの大半がアメリカ製であって、日本製はミドルウェアの一部に漸く登場する。かつては各メーカそれぞれが基本ソフトウェアを出していたが、デファクト・スタンダードの潮流には抗いえなかった。ハイビジョンの例を見ても判る様に、日本発の標準に対する欧米のアレノレギーは相当なものだから、今後は相当の知恵を要する。まず先手必勝、次に情報作戦・合縦連衝の仲間作りなど戦術、戦略的発想が必要である。若手エンジニアヘの期待は大胆な発想、スケールの大きい構想力で世界に先駆けるソフトウェアを夢見てほしいということである。あとの戦術戦略は中堅以上のエンジニアか管理者の仕事であって、若手の夢と才能を育てるのが年配者の重要な仕事であろう。筆者の若い頃、大風呂敷と呼ばれた課長さんがいた。電算機事業を創始し、天才池田を育て、後に社長になられた小林大祐さんがその人である。世の中には単なる大風呂敷の人もいるから要注意だが、こせついた人には大仕事は向かない、とか或いは燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやと言うことになろうか。