名著・名論文紹介

“VISUAL PERCEPTION: The Neurophysiological Foundations.”
Edited by Lothar Spillmann and John S. Werner
Academic Press, lnc., SanDiego, Ca1ifornia, 1990

紹介者:平井有三(筑波大学)

 脳科学関係の名著を紹介せよとのご依頼を受けて、一番最初に思い浮かんだ本がこの本である。視覚情報を組み立てている様々な特徴が、脳内の様々な領域でモジュールとして処理されていることを示した1980年代後半の大きな研究成果を中心に、16章の本としてまとめられ1990年に出版された。
 この本を書くため、1987年にドイツで会議がもたれた。約70名の参加者は15のワーキンググループに分かれて議論を重ね、大学院生や視覚系を専門としない研究者にも理解可能な本としてまとめあげられた。
「序」の冒頭に書かれているように、この本のねらいは「視知覚現象」と「その背後にある神経生理学的な過程と機構」の「対応」を、「哲学的な考察」から「計算論的な考察」までを縦糸に、「受光細胞レベルでの理解」から「ニューラルネットワークレベルでの理解」までを横糸にして紡ぎ合わせ、提示することにある。
この「対応」を可能にした最近のデータをただ単に寄せ集めた本ではなく、データから正しく「対応」を見いだすために必要な条件あるいは限界を吟味することから出発している。このことに第2章と第3章が当てられている。
また、人で観察される視知覚現象と、人以外の動物を用いた生理データとの「対応」をとることの妥当性に関する議論が、色覚と運動視を例に第4章で議論されている。
第5章から第15章まで、視覚に関する様々な「対応」が詳細に議論されている。
第5章では視覚の順応機構に関する心理・生理学データに基づく詳細な議論がなされている。
第6章では、網膜から大脳皮質高次視覚領野に至る並列処理機構が概観されている。並列処理機構の概念は、以下の多くの章においても繰り返し言及されている。
第7章では明るさやコントラストの知覚と受容野との関係に関する議論が、多くの興味深い心理・生理現象と多重チャンネル理論を含めて行われている。
第8章では3種の受光細胞から始まって色の恒常性に至るまで、色覚に関する詳細な議論がなされている。
第9章では運動視の計算論と、MTやMSTと呼ばれている領域の神経細胞との対応関係が議論されている。
第10章と11章では、網膜から大脳視覚領を経て高次視覚領野に至る形態視に関する議論が展開されている。
また、第12章ではステレオ視に関する心理現象と生理現象、及び計算論に関する議論がなされている。
第13章では視覚の発達に関する議論が、第14章では病的な視知覚現象に関する議論がなされている。
第15章では視覚系の様々な側面の計算論的モデルが議論されている。
いずれの章の内容も、単なる「対応」関係の記述に終わることなく、神経学的な基盤に基づいた可能な「計算原理」を明らかにしたいという我々の要求を満たすものとなっている。もちろん、この本を読めばその答えが分かるという意味ではなく、何をどのように考えれば「正しい」答えに辿り着くことができるのかを指し示しているという意味である。
最後の第16章は、この本のモデルとなった “Handbook of Sensory Physiology”(1973)の3人の編集者、Richard Jung, Donald MacKayと Hans-LukasTeuberの業績が紹介されている。この本は、この3人に捧げられている。