研究室めぐり

NTTコミュニケーション科学研究所室

松田 晃一(NTTコミュニケーション科学研究所)

NTTコミュニケーション科学研究所は、NTTの研究所としては初めて関西地区に拠点を持つ研究所として、1991年7月に設立された。以来、関西文化学術研究都市のATRの建物の中に暫定的に研究所を置くとともに、神奈川県の横須賀R&Dセンタにも一部の研究員が分散するという形で研究を進めてきた。1998年4月にはATRに隣接した敷地に、新たにNTT京阪奈ビルが完成し、横須賀地区の研究員も含め、全所員が移転集結し、名実共に関西地区の研究所としての形を整えた。

図1 竣工なったNTT京阪奈ビル

1.コミュニケーションの本質に応える 電気通信サービスを目指して
 日本で電話サービスが開始されてから100年余り。ディジタル化、光化などの技術革新により、ネットワークの情報伝達能力は飛躍的に拡大し、そのコストは劇的に低下した。この様な状況下では、そのネットワークの能力を十分に活用した新しい電気通信サービスの開拓が期待される。そして、それは単に情報を伝達するだけではなく、人と人とが理解を深め、感動を共にするというコミュニケーションの本質に応える通信サービスを目指すべきであろう。来るべき21世紀は、効率を第一に追求してきた物質文明の20世紀とは異なり、こころの豊かさを求める世紀とも言われている。このような時代にふさわしい電気通信サービスのあり方を考え、そのシーズを創り出していこうというのが当研究所の目標である。
2.「ことば」の研究から「感性」の研究まで
 当研究所では、コミュニケーションにとって重要な「ことば」の理解に関する工学的な研究を、一つの柱に据えている。と同時に、今後のマルチメディア時代を展望し、感性の研究にも着手している。現在、当研究所で進行中の主な研究プロジェクトは表に示す通りである。以下、その中のいくつかの研究について最近の成果を紹介する。
(1)日英翻訳システムと日本語語彙大系
「ことば」の理解に関する研究の一環として、書き言葉の日本語を英語に翻訳する日英機械翻訳システムの研究を進めている。現在では、任意の日本文を与えた場合、その内40%程度の文については合格点(10点満点で採点して6点以上)が得られる英文に翻訳できる。さらに、与える日本文の対象分野を限定すると、その精度はより向上し、80~90%程度の文が合格点を得るレベルに達している。
また経済・市況情報や気象情報、災害情報など、より定型的な文章については、あらかじめパターン化した対訳を用意することによってほぼ完全な英文に翻訳できるシステムの開発に成功し、今年春から新聞社における企業決算速報サービスにおいて実用に供されている。このような研究の過程で蓄積してきた日本語と英語に関する膨大な知識は、電子化辞書として整備すると共に、人間にも使える形に編集し直し、岩波書店より「日本語語彙大系(全5巻)」として出版し、各方面から反響を得た。

図2 日本語語彙大系

(2)感性伝達の研究 —人の笑いの分析—
 感性を工学的な立場で研究することはまだ緒についたばかりで、その方法も手探りの状態にある。我々はまず「笑い」を取り上げて、基礎的なデータの分析から始めている。人間の笑い顔における目の動きと口の動きの時間的なずれが笑いの印象、たとえば心から楽しく笑っている「快」の笑いか、あいそ笑いのような「社交」の笑いなのか、冷笑なのかといった印象に大きな影響を与えていることが分かってきた。その結果によれば、口が目より先に動き始める笑顔が、気持ち良く笑っていると感じる割合が最も高いようである。

図3 快の笑いと社交の笑い

(3)学習適応理論とその応用
遺伝的アルゴリズムを利用して、情報案内オペレータの勤務スケジュールを自動的に作り出すシステムの開発に成功、現在実用に供され威力を発揮している。また、ニューラルネットワークを使って、多くの測定データの中に潜む関係式(実数指数を持つ多項式)を推定することに成功した。ニューラルネットワークを高速に学習させる新アルゴリズムを開発できたために可能となった。
3.むすび
 言葉を理解し、考え、学習し、感じるといった、コミュニケーションの基となる人間の知的活動のモデル化を通して、本来のコミュニケーションに応えうる新しい情報通信サービスの創造を目指していきたい。