研究室めぐり

NTTデータ通信株式会社 情報科学研究所<

管村 昇(所長)

はじめに
 NTTデータの情報科学研究所は、1994年4月、それまでの開発本部を再編して、誕生した。技術開発本部(図1参照)の中で、「研究所」と名がつく唯一の組織である。当研究所の特徴は、実際にお客様にシステムを提案する事業部が近いことであり、目的的な基盤研究を推進していることである。また非常に進歩の早い分野でもあることから、核となる技術は研究所で自主研究開発するものの、場合によっては外部技術と組み合わせることによって、さらに付加価値をつけるといった応用研究にも力を入れている。研究分野は、音声、画像などのメディア処理技術、情報の入力、蓄積、検索、表示技術、ヒューマンコミュニケーション技術、分散協調システム技術、またソフトウェア開発の品質・生産性向上を目的としたソフトウェアプロセス改善などの研究を進めている。
1.伝統の継承
 音声認識や音声合成技術は、当社が当時の日本電信電話公社(現日本電信電話株式会社:NTT)から分社する以前の1981年にサービスが開始された「ANSER」という銀行システムに世界に先駆けて導入された。このシステムでは銀行の残高照会や振り込み通知などを通常の電話で行う際に音声認識や音声合成技術を用いるものである。「ANSER」は、16年も前に、実用的な大規模なシステムに音声認識、音声合成技術が導入されたサービスとして広く世界に知れ渡っている。当研究所では、この流れを受け、現在も音声認識、音声合成を中心に音声の応用研究を推進している。ネットワークやパーソナルコンピュータが高度化する中で、音声処理技術の果たす役割は、ますます増大している。音声認識の対象範囲、音声合成の品質など、当時の技術からは飛躍的に進歩してきてはいるが、人間と機械のインタフェースとして活用する場合、一層の研究が必要であると考えている。
2.将来を見て
(1)衛星画像解析技術
 衛星画像とは、人工衛星に搭載された画像センサによって捉えられた地表面の画像のことをいうが、センサの空間分解能やセンサが感じる波長によって特性の異なる画像を得ることが出来る。衛星画像は広範囲の情報を定期的に得られるメリットがあることは広く知られることであるが、近年センサ技術の進歩によって、得られる情報の精度も飛躍的に向上している。例えば、異なる波長のデータから地表面の水域と陸域はもちろん、それが自然の生息物なのか、あるいは人工の建築物なのかの区別さえ可能になっている。こうしたセンサ技術に支えられ、現在、精力的に研究を推進しているのが、「衛星画像解析技術」である。画像から陸域・海域などの表面の状態を、画像の統計的性質や対象物の物理的な性質に基づいて推定する技術である。
 衛星画像解析技術で期待されているアプリケーションは、環境監視、土地利用、水産応用、クライシスマネージメントなど多岐に渡っており、それぞれの研究は、各特性を持った複数の波長を組み合わせて行っている(図2参照)。研究所では、現在、海域におけるマルチスペクトラム画像を用いた海中物質や海面温度推定などの研究に取り組んでいる。これらの研究は、資源探査や環境モニタリングへの応用が期待されている。一方、陸域に対しては高分解能衛星画像を用いた土地利用変化抽出などの研究を行っている(図3)。センサ技術の進展により、1m単位での変化が見分けられ、詳細な情報が得られるようになってきている。土地利用の変化領域を画像の比較により抽出する技術は、地図作成や土地利用計画などの利用が見込まれている。(2)情報可視化(Information Visualization)技術 さまざまな情報が飛び交い、情報過多の時代を迎えている現在、本当に必要な情報を得るための技術、また情報をできるだけ瞬時にわかりやすく伝える技術が、非常に重要になってきている。可視化(Visualization)技術は、コンピュータグラフィックス(以下CG)などの技術を用いて、利用者の直感的な理解や情報の効果的な解析をサポートする技術である。近年、高度なCGを安価に実現できる環境が整ってきたこともあり、幅広い情報の可視化技術が注目されている。現在の情報システムにおいては、データの可視化は主にグラフを利用しているが、今後はグラフだけでは表現できない情報も増加してくると考えられる。数値データの統計的構造化(データ間の類似性や関連性)に基づく可視化手法や、さらに人文科学情報の可視化に取り組んでいる(図4)。
3.NTTデータの研究所らしさ
 ソフトウェアの開発の品質向上、生産性の向上は、全社的に必須の要件である。研究所ではカーネギーメロン大学ソフトウェア工学研究所(CMU/SEI)提案の開発能力成熟度モデル(CMM)とソフトウェアプロセス改善活動モデル(IDEAL)に基づいて、ソフトウェアプロセス改善活動(SPI)を全社に適用することで、ソフトウェア開発を組織的かつ定量的に管理し、品質・生産性の向上を図ることを推進している。
あとがき
 「マルチメディア社会」という言葉が叫ばれて久しいが、真に人々がその恩恵を感じることができる時代には未だに到達していない。将来のマルチメディア社会を考える場合、単に技術の観点だけからではなく、法律、経済、教育など社会における広範な分野とのつながりを考える必要がある。絶えず「世の中の風」を感じながら、研究開発の成果をタイムリに事業を通して社会に役立てていきたいと考えている。