シャノン博士追悼特別寄稿
シャノン教授の偉業を偲んで(嵩 忠雄 (広島市立大学)) |
筆者がシャノン教授の有名な``A mathematical theory of communication'', BSTJ(1948)の海賊版を手にしたのは学部4年生の時でした. それほど難しい数学は使われていないなという妙な安心感をもった以外, シャノン理論の本質的な意義は全く理解できず 途中でやめてしまったのを覚えています. 恥ずかしながら,それ以降もこの原典を読んでおりませんが, 同教授が道を開いたいくつかの大道のうちの一つ符号理論の中で 30数年仕事を続けることができたことを心から感謝しています. シャノン理論の本質については専門家の有本先生が解説されると思います. 論文を書くことを生業とする者としては, 通信路符号化理論に示された彼の見事な洞察力に感嘆するのみです. すなわち,よい符号を構成的に示そうとせずに, 存在のみを実に鮮やかに示したところです. もし決定的によい符号の構成に拘ったなら,いかにシャノンの天才といえども, 符号理論の歴史が示すように, 必ずしも彼ほどの洞察力に恵まれていない後走者たちと 悪戦苦闘を分かち合うことになったかもしれません.
青年時代のシャノン教授の着眼のすばらしさを示すものとして スイッチング回路設計へのブール代数の応用に関する MITの修士論文(21才,1937)があげられるでしょう. なお,この問題については, 中島−榛澤氏の先駆的研究があったことを付け加えるべきでしょう.
筆者は1965年夏シャノン教授にお会いする栄に恵まれました. 当時,ハワイ大学のピーターソン教授の下で研究していたのですが, ピーターソン先生とNATOの夏期会議に参加することになり, その途上MITに連れて行ってもらいました. シャノン教授のオフィスは,意外にも階段下と思われる小さい部屋で 入り口から一段下がったところであったと思い出します. 喜劇俳優の三木のり平に似た風貌の,飾り気のない人というのが第一印象でした. 残念ながら,筆者の会話能力では,簡単な受け答え以外, 両先生の早口の会話をただかしこまって聞くだけで時を過ごしました. 印象に残る会話を一つでも聞き分けてここに御紹介できればと 悔やみつつ筆をおきます.