シャノン博士追悼特別寄稿

C.E.シャノン博士の逝去を悼む

(有本 卓 (立命館大学))

 クロード・エルウッド・シャノン(Claude Elwood Shannon)博士が2001年2月24日に 逝去された.享年84歳であった.

 筆者が初めてシャノン博士に会ったのは1985年11月の第1回京都賞においてであっ た.基礎科学部門の最初の受賞者であった.受賞式を祝って,シャノン博士を囲んだ 特別企画の情報理論ワークショップが開かれ,その前後に私的に話をすることができ た.それは長い間夢にまで見た憧れの人にやっと会えた感激の中なので,こちらの思 いを伝えることに精一杯で,シャノン博士から何か貴重な話を引き出すことを考える 余裕などはなかった.

 シャノン博士の研究業績はここで紹介するまでもなく,専門家集団の間では余りに も良く知られている.しかし,非専門家の間には何が重要な業績であったか正確には 評価されていない向きがある.逝去に際して書かれた追悼記事には素人判りできる業 績の部分が突出して紹介され,現今のIT革命をもたらした最も重要な研究に言及し なかった嫌いがある.以前(昨年秋)大新聞の社説にIT革命が論じられた珍しい 機会があったが,その生みの親にアラン・チューリングとフォン・ノイマンが挙げら れながら,何故かシャノンの名前は挙げられず,新聞社の見識がそんな程度であった ことにがっかりしたことがある.IT革命(情報通信革命)の根幹であるディジタル 通信の基本はシャノンによって築かれた.非専門家集団には理解しにくいが,しか し,情報量の測度にエントロピーを導入し,通信の信頼性(誤り率)と送るべきビッ ト列の情報伝送速度との関係が詳細に解析できることを示し,ここに様々な媒体を通 して各種の通信方式が思い通りに設計できることになったが,そのきっかけは1948年 のBSTJに発表されたシャノン博士の長大な論文にある.今や,携帯電話の中に,音声 や画像を符号化(source coding)して生成したビット列を思い通りに誤り訂正符号 によって符号化し,これを更にディジタル変調(BPSKやPSK)して搬送波に乗せて伝 送する,ディジタル通信の典型が見られる.これらの符号器や変調器はVLSIチップに 収められ,また,受信側には復号器や復調器がVLSI化されている.シャノン以前に は,通信技術者は誤り率を小さくするには,伝送速度は落し,通信の効率を下げざる を得ないと直観していた.しかし,シャノン理論は符号化を工夫しVLSI化すれば,通 信速度を下げる必要はないことを結論し,こうして単位時間当りに送れるビット数を 爆発的に増やすことができるようになったのである.

 シャノン博士のIT革命への功績はもう一つある.それはMITで提出された博士論 文にあり,コンピュータの基本論理回路を表す道具としてブール代数を使うアイデア である.当時,既にゲーデルの不完全性定理が発表されており,またチューリング機 械のアイデアも周知であったであろうが,コンピュータのような論理機械を現実に設 計できるようにするこのような考え方は工学の神髄に当ろう.シャノンの修士号はミ シガン大学に提出されたが,それは集団遺伝学の数理に関するもののようであった. シャノン博士の書き残されたものはほとんどが「C.E. Shannon Collected Papers, IEEE Press, 1993」に収められているが,残念ながら,これは入っていない.現今流 行している遺伝アルゴリズムと関係するものがあったのかどうか,誰も詳らかにはし ていない.

 話は1985年の京都賞に戻る.ワークショップは,勿論,当時シャノン流の情報理論 を研究していた第一線の研究者の論文発表で構成されたが,シャノン自身の講演は8 mmフィルムの上映が主体であった.上述の論文集にもあるように,1950年前後,チェ スのコンピュータプログラムのアイデアを発表しているが,他にもチェスを実際に指 す機械(ロボット)やマイクロマウスの原型を設計し,自宅の工房で作っていたこと が明らかにされている.この8mmフィルムには産業用ロボット以前に,チェスの駒 をピック・アンド・プレースする3本指のロボットハンドとアームが写っていたので ある.筆者自身,1985年当時は機械工学科に所属し,ロボット研究に打込みながら情 報理論を考えていただけに,本当はシャノンに聞いてみたいことが山ほどあった.し かし,会話は思うようにはかどらなかった.筆者の下手な英語はシャノン夫人によっ て別の英語でシャノン博士本人に伝わり,シャノン博士の言葉は聞き取りにくく,再 び夫人の言葉を借りねばならなかった.

 1990年に,もう一度シャノン夫妻に会うことができた.それはAnn Arborのミシガ ン大学で開かれたIEEE ISITであった.半日をかけてフォード博物館を訪ねた時であ る.余り知られていないが,シャノン博士は発明王エジソンの遠縁に当ることが後に 判ったことが上述の``Collected Papers''にも記されている.エジソンゆかりの発明 品も幾つか陳列されている.家族に取り巻かれながら,静かに巡回している様子と, バンケットで手を挙げられた姿が未だに目に焼きついている.

 アラン・チューリングの死は突然で悲劇的ですらあった.シャノン博士の死は静か な中にも20世紀の終焉を告示するが如くであった.IT革命の``Father(父親)''達 の偉大な業績に感謝するとともに,シャノン博士に御冥福を捧げたい.