寄稿

オリジナリティ創出を支えるもの,オリジナリティを拓くもの

---論文の在り方,査読の在り方---

笠原 正雄 (大阪学院大学 情報学部 情報学科)

モーティベイション

 平成10年5月から2年間,基礎・境界ソサイエティ編集長を仰せつかりながら,あ っという間に2年が経ち,十分に力を尽くせなかったという後悔の思いで一杯である. この場を借りておわびしたいと思う.
 2年間の在任中,さまざまな問題が論議されたが,審議事項の幾つかは,将来への 申し送り事項として残されている.例えば,論文賞に関わる問題,査読に関わる問 題等々である.何れも大きな問題であるが,拙速をさけ,会員諸賢のご意見をアン ケートあるいはニューズレター記事としてお伺いし,より良い将来像を模索するこ とがよいのでは,と思う.
 査読に関しては,この2年間,さまざまな方からご意見をいただいた.私にとって も大先輩である諸先生方からのご意見,あるいは特集号編集長の方々から率直なご 意見等々を伺うことができ,論文の在り方,査読の在り方について真剣に考えるこ とができた.しかし,査読結果に対する投稿者と査読者双方のご意見をお伺いして も,当該論文が私の専門分野の論文でない場合には,双方に満足のいく結論を出す ことは,ほとんど不可能に近いことのように思われた.内容を深く理解しない限り, 自信に裏づけられた結論を出すことは無理であったと思い出される.しかし,専門 外とは言え,何もなし得なかったことは,私に,非常に大きな悔いを残すこととな った.
 以上のような経緯を踏まえ,ここでは査読の在り方を述べることは最小限にし, 論文投稿歴40年という経験を生かさせていただき,もう少し基本的なところ,すな わち,「我国からのオリジナリティ創出を支えるもの」,あるいは「オリジナリテ ィを拓くもの」は何だろうか,といった立場から私見を述べてみたい.問題の性質 上,私事に近いことに若干触れざるを得ないことを,予め,お許しいただきたいと 思う.
 私は,誤り訂正符号の分野で30年近く研究に取り組んでいたが,ここ10年以上は, より広く,情報セキュリティ,情報倫理,モーテル・ヴェイユ格子等の問題に取り 組んでいる.年代別にふり返り,拙見を述べてみたい.論文の在り方,査読の在り 方を``私''という個人の目を通して考え,この結果に基づいて「オリジナリティ創 出を支えるもの」,「オリジナリティを拓くもの」を考えているために,偏見と独 断が強すぎる内容になることを恐れる.しかし,そういった誤った偏見と思われる 箇所は,是非,会員諸賢からご意見をたまわり,ご叱正いただきたい.本稿がオリ ジナリティ創出活性化のため基礎・境界ソサイエティ会員諸賢の間で,腹蔵無く意 見交換を行うスタートラインとなり,21世紀における基礎・境界ソサイエティ発展 の道を探る一助となることを,心より願って執筆させていただきたいと思う.

論文づくり40年

〔1960年代〕

 私が誤り訂正符号に関する研究を開始したのは,誤り訂正符号の研究の黎明期で あった.電子情報通信学会(当時 電気通信学会)に投稿した巡回符号の同期特性, バースト誤りの確率的訂正法,巡回符号に基づく符号の重複的構成法,ソフトウエ アによる誤り訂正法等に関する論文は,例外なく採録された.しかし,残念なこと に,これらは世界,あるいは我国では初めてと思われる内容の研究であったにも拘 わらず,ほとんど全て,認められるには至らなかった.``日本語論文の国際舞台で の非力さ''を何となく感じたが,これは必ずしも筆者の被害妄想ではなかったと思 う.

〔1970年代,1980年代〕

 この時期,筆者の主たる投稿先は,IEEE, あるいは Information and Control 等 の海外の学術雑誌,国際会議が中心となった.その理由は,あくまで私自身の個人 的な経験に基づくものであって,一般的なことではないけれど,
  1. 1960年代に出版した論文は,たとえ,世界最初に行った研究であっても,欧 米の論文になってない限り,海外は勿論,日本でも認められにくい(個人的 ではあるが,日本でも認められにくいことが最大の難点であり,悩みであっ た).
  2. ``従来にない,新しい手法の提案''ということを謳った論文は我国では採録さ れにくい.従来法との比較(詳細は割愛するが,水平思考型だと難しい面が ある)がされていない場合,あるいはいくつかの点で従来法に比べ若干劣る 場合には,どのように新規性があっても,一般に採録は困難になる.``せっ かく新しい島を見つけたのに! 旧い島に比べ,現在は不毛だが,ここは緑 豊かな大地になる可能性があるのに!!''と思い,嘆きながらも,日本語論 文はあきらめねばならない.
  3. 欧米で認められると,日本でも必ず認められる.
といったことを肌で感じたからであったと思う.繰り返しになるけれど,これらは 私の個人的な経験から述べており,沢山の人の意見を集約したものではないことを おことわりしたい.

〔1990年代以降 現在まで〕

 この10年,研究テーマを情報セキュリティ,情報通信倫理,モーデル・ヴェイユ 格子,信号処理等の分野に広げたことも原因となって,誤り訂正符号の研究も含め, 再び,電子情報通信学会,国際会議への投稿が中心となった.約30年が経過し, 1960年代,1970年代とは状況が大いに変わっているだろうという期待があった.

水平思考はオリジナリティの母?

 1970年以降の約20年間,上記(2)で示した理由により,私は,``水平思考型の 論文は海外''と,独断と偏見で考えていたのであったが,数年前に出版されたW.フ ァイナンとJ.フライによる著書「日本の技術が危ない」(生駒.栗原訳,日本経済新 聞社(1994))のなかで,必ずしも私の独断と偏見だけではなかったと思われる箇 所を見出し,驚いたことがあった.日本の得意な連続的改良型は21世紀には通じず, 欧米の水平思考型科学と技術が21世紀を支配する,といった内容であったと思う. 確かに我国では,嘗て船,自動車など少しずつ連続的な改良を加えることにより, 成功を納めてきたと思う.このような我国産業界の動きを受けて,少しずつ前進する ``安全な''論文が,産業界と歩調を合わせるように歓迎されていたのでは,と思う.
 こんなことの繰り返しが1990年代も行われていたとは考えたくない.しかし,も し,依然としてそいういうことであれば,我国から海外に向け斬新なアイディアが 発信される土壌は,育たないことを心配しなければならない.
 昨今の情報革命のさなか,ベンチュア精神の高揚が産・官・学の世界で強く叫ば れているが,このような叫びは``微々たる改良型進歩から脱却して,水平的思考により アイディア創出せよ''との声としてとらえることもできよう.

研究分野の裾野は,広く,広く,できるだけ広く,‥‥そして深く

 アイディア創出の目を摘むことは,その分野の加速的衰退を意味しよう.なぜな ら若手研究者の拡大に不可避的にブレーキがかけられ,その分野の人材不足,ひい ては査読者不足等をひきおこすからである.筆者が危惧することは,特に,英文特 集号のような場合,一時的に論文が集中的に投稿され,それらを一人の査読者が2 〜3件も引き受けた上,非常な短期間に読まねばならなくなることである.(同一 特集号が,毎年恒例になっているような場合,マンネリ化し,査読者不足等が恒常 化していないか? 特集号関係者には頭を悩まされ,大変な努力,苦労をされてい ることと推察する).査読者不足で専門外あるいは興味のない論文を短期間で査読 せざるを得なくなった場合,
  1. 内容が深く理解できない(単純な式で述べられており,内容は理解できるが深 奥に潜む良さが理解できない).
  2. 査読しても,自分自身の研究に対するメリットがない.
といった結果になる.勿論,こんな場合であっても,引き受けた以上,査読者の方々 は全精力を傾注し,査読作業を遂行されるに違いない.しかし,こんな場合,自分 はボランティア活動をしているのだという心理を払拭することは難しいであろう.
 しかし,よく考えてみると,プロと燃えて全精力を傾けてまとめた研究論文を, ``ボランティア''という意識で読まれることは,プロを認ずる当該研究者にとって は辛く,また無念なことであろう.アイディアの創出をencourageし,芽生えさせ る劇的な状況の変化が,我国において,今,つくり出されなければ,アイディア創 出の土壌は悪循環を繰り返した結果,やせ細っていくであろう.
 1990年以降,上述のことはどう改善されているのか,私自身にはよく分からない. さらに,1990年以前であっても,アイディア創出の土壌が豊かであった分野が沢山 あるかも知れない.もし,そうであるならば,私は謙虚に会員諸賢からのご意見に 耳を傾け,反省したいと思う.

大きな論文をねらってみよう

 1970年以降の20年間,私の目は,海外にだけ向けられていたわけではない.第一, 私にとって,不自由な英語を書くことは辛いことである.日本における当時の論文 の在り方,査読の在り方を批判したわけではないが,筆者は,1978年,京都で開催 された「第二回情報理論とその応用研究会(SITA)」の総会で,次のように会場の 諸氏に熱っぽく訴えたのである(覚えて下さる方は,いらっしゃるだろうか).``五 体満足の小さな猫のような論文よりも,尻尾はちぎれていてもよい,大きな虎のよ うな論文を書こうではないか! その方が大きな将来をつくることができる!''と. 若さにまかせ,随分,身分不相応なことを言ってしまったと思う.
 日本は直線思考型が多く,斬新なアイディアが出にくいといわれている.すばら しいアイディアが,``尻尾が半分千切れた虎は厳密には虎ではない''というような 理由で,学術論文(査読付き論文)として認められないことは,勿論,仕方のない ことかもしれない.しかし,大きな虎ができ上がっているのに,しっぽの整形をし ていると,あと何年かかるかわからないケースも起こり得る.ドクターコースある いはマスターコースの学生にとって,このことは耐えがたい辛苦となろう.そして, このような場合,多くの貴重な論文の投稿先を1970年代,1980年代の私のように, 海外に求めるか,あるいは,スケールは小さくとも,完全無欠の飼い猫のような論 文を書く姿勢に,とりあえず転換するということとなろう.

海外投稿のススメ,今も?

 本年6月に東京で開催されたある分野の「研究の進め方」に関わるパネル討論で, 司会役を勤めさせていただいたが,私が``水平思考型の論文は日本では認められに くい傾向にあるのでは?''と発言したところ,パネラーの方から海外投稿の道があ ることを教えられた.実は,今年になってからでも,こういった類のご意見をいろ いろな方から伺っていたので,やはり海外なのか,という印象で聞かせていただい た.私が真に危惧することは,1990年も私が経験した1960年代とほとんどかわって いなかったのでは? ということである.

2000年代には,光が見える

 ファイナンやフライが指摘したように,我国産業界全体が嘗て少しずつ連続的に 改善する手法で成功してきたために,学術論文,特に工学的分野の論文がこの影響 を受けたことは仕方のないことである.2000年代はどうであろうか? 幸いなこと に,編集長在任中,オリジナリティ創出の道を真剣に探そうとする編集関係各位の 姿勢を,強く感じることができた.2000年代に新しい道が拓ける可能性は十分に期 待されると思う.しかも昨今,官・産・学全体にベンチュアを心がけようとの意識 改革が芽生えている.日本創出のオリジナリティを望む声は,IT革命のさなか,産 業界においても大きくなりつつある.2000年代は十分に期待できる環境が,今,整 いつつあるように思われる.我々は追い風に乗らねばならない.

水平思考は面白い,やってみよう

―しかし,危険もいっぱいだ―

 菲才をかえりみず,私は最近,情報理論,情報セキュリティあるいは倫理の分野 で水平思考的なアイディア,つまり符号KI,KII,幾種類ものホームページ暗号,幾 種類ものID暗号,哲学的なシンボル論等々を本ソサイエティの色々な研究会で発表 させていただいている.しかし,水平思考は面白いけれど危険である.例えば,符 号KIIは水平思考で考えたが故に,私の頭の中には全く無かった Low Densitity Parity Check(LDPC)符号の近くに着地し,研究会で発表してみると``どこが違 うのですか''といった質問をLDPC符号の分野の人から受けたりする.1970年以降 の20年間,Euclid 復号法,最良符号を与える幾つかの新しい符号構成法,復号法等々, 思考を水平に巡らせて跳戦したのであった.Elsevier 出版の「Handbook of Coding Theory」(1998年12月)に掲載されている膨大な最良符号表を見ると, 世界に現存する最良符号859種類のうち,114種類は,私と私のグループが1970年 以降,従来の手法にとらわれない水平思考によって発見したものである.しかし, Euclid復号法あるいは最良符号の発見等に対しては,当時の国内研究会での反応は, ほとんどなかったように思い出される.
 水平思考は,楽しいけれど,怖さを伴うことを具体的に説明することは難しい. 既発表の例を用いた説明では説得力に欠けるであろう.そこで,ここ一週間思い巡 らして考えた新しい``コロンブスの卵的な問題''を例にしよう.答えが単純な10 個程度の式で記述される問題,すなわち解答を先に聞けば,``そんなことは誰でも 考えられる''という印象を与え,情報系の二,三年生レベルで容易に理解できる問 題である.なお,設問の文章自体が,解答の大きなヒントになっており,提出問題 は,非常に解き易くなっていることを断わっておきたい.
 この問題の提出については,実は,最後までためらったことを告白したい.何故 なら,水平思考に基づく問題の提出には,かなりの勇気を伴うからである.理由は 以下の通りである.
  1. 直線思考型の場合,オリジナリティは一般に過去の豊富な経験と知識から生み 出される.従って,他者が既に提案しているか否かが,提案者に確実に分かる.
  2. 水平思考型の場合,関連の分野に関わる豊富な経験もなく,突然頭にひらめく ことが多い.従って,符号KIIのように他者が行っている研究分野に着地してし まうかもしれないし,普通の教科書の練習問題になっている可能性すらある. 大きな恥をかくことを覚悟して発表することとなる.
 以下の練習問題―パスワード忘却防止問題なので多くの方に関心をもっていただ けると思う―の提出にも,私自身が大きな恥をかく可能性が秘められている.何故 なら,この問題は関連論文を全く読まずに,突然頭にひらめいたからである.私の 恥に終わった場合には,水平思考型の姿勢を勧めるばかりに,大きな``勇み足'' をしたのだと考えて,読者諸賢には,私の知識不足を,お許しいただきたい.なお, 解答は,将来,機会を見つけて提示させていただきたいと思う.

パスワード忘却防止問題 (出題責任 笠原正雄)
 仲良し7人組が,各自秘密の32ビットのパスワードを,任意の3人以下が,記 憶を喪失しても協力によって復号できるよう,工夫することにした.勿論,仲 良しとはいえ,他人のパスワードは知り得ないように工夫するものとし,また 仲良しであるが故に,結託して知ろうともしない,とする.パスワードをメモ 等に残すことは,メモの紛失を考え,一切禁じられている.さて,乱数生成器 を内蔵する演算機能付き専用チップを用い,且つ各自の専用チップの出力結果 は,全て公開通信路で交換することにして,紛失にそなえた``復元用データ'' を7人協力してつくる.復元データ作成のために,7人が共有する公開的なデ ータ(パスワードに依存しない)が必要であれば,各自専用チップに入力する. 次に自分の秘密のパスワードを同様に専用チップに入力する.あとは専用チッ プまかせである.専用チップは計算を開始し,最終計算結果,すなわち``復元 用データ''を掲示板に公開する.7人共有の公開的なデータも7人全員の忘却 にそなえ,復元用データとともに掲示板にのせておく.用をすませた専用チッ プは,使用後自動的に破壊される(掲示板記載のデータ,7人の頭にある各自 のパスワード以外の全てのデータは消滅している).
 さて,1年後,3人がパスワードを忘れてしまったと申し出た.7人全員協 力して3人のパスワードを掲示板上のデータを利用して復元する.勿論,復元 操作により,忘却した3人の分も含め,互いに他人のパスワードを知ることは ない.つまり,復元操作終了後,一年前と全く同じ7つのパスワードが本来の 持主の頭の中にのみ存在している.この方法を示せ.但し,掲示板に掲載する ``復元用データ''は3人に対する理論的最小サイズ(96ビット)とせよ.上記 において人数,パスワード長等は任意の数値で議論できるが,ここでは数値を 固定させていただいている. (提出期限は本年9月末日とさせていただく.提出先は笠原正雄 Eメイル: kasahara@utc.osaka-gu.ac.jp)